〔墓火(はかび)〕の秀五郎・初代(6)
新しく燗をしたちろりを片手に、板場から出てきた〔鶴(たずがね)の忠助(ちゅうすけ 45歳前後)が、もう片方の手の紙づつみをひらいたのを示し、
「銕(てつ)さん。6両(約100万円)つつんでいたよ」
〔盗人酒場〕ではめったに拝むことがない小判が6枚、まぶしく光っている。
銕三郎から切り餅(25両の包み)を戻された〔墓火(はかび)〕の秀五郎(ひでごろう 50がらみ 初代)が、「この場の酒代」といって忠助に押しつけていった金子である。
「酒代(さかて)を横取りしてすまないが、彦(ひこ 34歳)どのと左馬(岸井左馬之助 24歳)さんに2両(約32万円)ずつ、お手柄賃としてやってもらえまいか?」
彦十が「ひえっー、2両!」と奇声を発した。
「なに、もとは銕さんへの身代金---じゃなく、お助け金(がね)---いや、これもちがうな---」
「お父っつぁん、お礼金(おれいがね)!」
おまさが横から助(す)ける。
「そう、そのお礼金がわりにおいていったのものだから、銕さんがおもいどおりに分けてくだせえ」
笑みいっぱいに2両ずつ受け取った彦十と左馬之助に、銕三郎が、
「ところでご両人。盆と正月がいっしょにきたところで、申しわけないが、事件が早く片づいたのだから、先渡しした日当8日分の2分(約8万)ずつ、拙に返しなさい」

2人が、忠助に小判をこのごろ出回るようになった南鐐(なんりょう)2朱銀にくずしてもらう。
彦十には、2朱銀が8枚・計2分しかわたらない。
「忠助どん。あとの2分は?」
「これまでの付けを、帳消しに---。これでも、はしたはお負けしときやした」
「ひゃあ---憎いほど、そつがねえ」
頭をかいたく彦十を、おまさが、しっかりとたしなめた。
「商売は商売、つきあいはつきあい」
「おまさ坊は、所帯持ちのいいご新造になるぜ」
「しっかりしすぎていて、だれかさんに、ふられています」
おまさが、ちらりと銕三郎をみる。
銕三郎は、聞かなかったふりを装い、杯を口からはなして、
「それから、忠さん。1両はおまさへ、〔墓火〕に酒を献じた褒美に」
「わぁ、うれしい。冬の着物が買えます。これまでの、揚げをおろしても、短くなってしまっていて---」
母親を亡くしているおまさは、むすめになっていく自分を、自分で育てている。
「さて、残った1両で、お疲れさま宴(うたげ)のやりなおしといこう」
しばらく、注ぎ注がれつがあって、
「忠さん。秀五郎お頭だが、あれほど身内おもいの仁が、どうして〔墓火〕などというおどろしげな〔通り名(呼び名)ともいう〕をつけたのでしょう?」
「悪いことをしていても、ときにはいいことがしてみたくなる---それが人間というやつでやす。身内にやさしいからといって、いつも、だれにもやさしいとはかぎりやせん。げんに、仲間を差した〔蛭田(ひるた)〕の善吉(ぜんきち)---仏になったときの午造(うまぞう)は一味から仕置きをうけています。命じたのは〔墓火〕のお頭でやす」
みんな、しんみりしたとき、銕三郎が訊いた。
「彦さん。だちは、このごろ、どうです?}
「元気いっぱいでさあ」
「蝦夷から、帰ってきたのかな?」

(奈良公園の鹿 写真:Hideki Fujita さん 絵葉書の部分)
「へえ。嫁さんをつれて---いやね、恥ずかしがって、嫁さんを連れてはあらわれねえんでやすが---そういやあ、お末(すえ 45歳)っていいやしたか、あの、〔墓火〕のところの婆さん---」
「婆さんはないだろう。〔笹や〕のお熊(くま 46歳)どのと齢ごろはいっしょだよ」
「お末がやってきたとき、岸井さんに尾行(つ)けさせなって、知恵をつけてくれたのも、だち(友だち 雄鹿)でさあ」
左馬之助は、異なことを聞くといったような目つきで彦十を見た。
【参照】2008年3月23日~[〔墓火(はかび)〕の秀五郎] (1) (2) (3) (4) (5)
【参照】2008年3月19日~[菅沼摂津守虎常] (1) (2) (3) (4)



菅沼組に捉えられたのは、〔墓火〕の秀五郎の妾としては用ずみの、お末であった。
銕三郎が、お代わりを頼んで、新しい茶がきたとき、




【ちゅうすけのつぶやき】これまでもあちこちに記したが、『鬼平『犯科帳』に登場している盗賊400余人の〔通り名(呼び名とも)〕のうち、ほとんどは生地とおもわれる地名だが、なかに16人、鳥山石燕『画図百鬼夜行』から、池波さんが採っている。

ミステリーで記憶に残っているのはマイクル・クライトン『大列車強盗』(原作1975 ハヤカワ文庫 1981.7.21 乾信一郎訳)だ。ヴィクトリア朝の犯罪で、壮大で緻密な計画に舌をまいた。クライトンは、SF『アンドロメダ病原体』や近未来もの『ジュラシック・パーク』の作家でもある。

最近のコメント