カテゴリー「012松平定信」の記事

2006.11.17

田沼派閣僚への退陣要求

月刊『日本歴史』(吉川弘文館)2006年5月号の「歴史手帖」欄に、辻 達也さんが[松平定信の書簡の中から]と題して、田沼失脚後も老中に居座っていた、田沼派の松平周防守康福(岡崎 5万4000石)と水野出羽守忠友(沼津 3万石)を追い出すについて、水戸と尾張に話をもちかけ、一橋治済を引きこんで成功する一連の手紙のことを書いている。

定信としては、松平康福と水野忠友を追い出して、自分の盟友を閣僚に入れなければ、自分色が出せないから当然の運動だが、老中につづいて、側用人、勘定奉行や町奉行などにも手をつけねばならないから、定信としては、必死のおもいだつたろう。

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松平武元歿後の田沼政権の閣僚たち

松平右近将監武元(たけちか)のことを書いたが、彼の五男は、美濃10万石の戸田家へ養子に入り、定信内閣の老中に抜擢されている。

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2006.07.28

トップの情報源

営業所長に命令するのは営業本部長か担当常務だ。
よほど小さな企業は別として、一営業所長が社長からじかに評価されることはない。

徳川幕府では、老中大目付国政と諸藩に関与し、若年寄と目付は幕臣を監督・監察した。

長谷川平蔵番方(武官)系の先手組頭兼火盗改メだから、組織図的には老中とは直接にはつながらない。

しかし老中首座松平越中守定信長谷川平蔵の関係は異例だった。
定信平蔵評価をくだしたのだ。

両人は人足寄場の創設・運営でつながった。
老中が焦眉の急の案件―江戸市中にはびこっている無籍人対策をもとめたとき、無宿人などにかかわっては家名に傷がつくとばかりに、幕臣たちは聞かぬふりをきめこんだ。

ちょっと解説を加える。幕臣の監察は目付の仕事、江戸町人は町奉行の管轄、僧侶や神職は寺社奉行、農民は勘定奉行がさばく……のがきまり。のこるは無宿人――これは火盗改メの範疇。
だから平蔵が応じざるをえなかった。

平蔵は人足寄場の建議書を老中へ呈出し、定信が受諾。創設を命じた。

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隅田川河口の石川島の人足寄場跡の標識板

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再開発して高層マンションが建ちならぶ人足寄場跡

このあたりの経緯を、〔定信〕の二字をバラして表題とした半自伝『宇下人言』 (岩波文庫)にこう書いている。

  無宿人対策をもとめたところ、盗賊改メの長谷川なにがし
 がやりますと申しでた。石川島の葦地を埋め立て、そこに無
 宿人を収容、手に職をつけさせて社会へ戻すという。
  できてみると、たしかに無宿人や盗賊が減った。
  長谷川の功績だが、彼は功利をむさぼるがゆえに山師との
 評もあった。それを承知でまかせたのは、そういわれるほど
 の者でなければ創設はおぼつかないと思案したから。

ねらいとしていた無宿人や盗賊が減ったのだから、平蔵は大功績だ。
それを「長谷川なにがし」などととぼけた表現でいうのは失礼千万。『宇下人言』の中で名前をぼかした記述はここだけだ。
「山師」も定信側の隠密の報告書の評を鵜呑みにしたもの。

これまでの歴史家には定信びいきが多いが、ぼくは下情(かじょう)がわかっていない理想家肌のお坊っちゃん政治家と断じている。鬼平ファンゆえの極言だとしても。

隠密たちは当初、田沼時代に職についた人たちのアラをさがすべく、定信側――すなわち家柄派から取材した。

平蔵は、むしろ実力派。官吏としては並みはずれすぎるほどにアイデアが豊かだが、杓子定規派の口にかかるとその言動は「山師」「謀計者」「姦物」となってしまう。

もっとも、2年、3年とたつにつれて平蔵を見る目がたしかになった隠密もでてき、プラス評価へと変った。

が、そのころには定信のほうが隠密のずさんな聞き込みに興味を失い、レポートを読まなくなっていた。

平蔵と定信のケースは、第一印象のこわさの反面、トップがたしかな情報源を持つ重要さを示唆する。

つぶやき:
講じている各文化センターの[鬼平]クラスで、田沼意次の政策の革新性と、定信内閣の凡庸さを説くと、学校ではそうは習わなかったと、困惑される。
S_5革新派の次には保守派が権力をにぎるのは、古今東西の通例ともいえようか。
定信政治を、冷静に評価したのが、藤田 覚教授『松平定信』(中公新書 1993.7.25)である。
鬼平ファンを自認している方に、一読をおすすめする。

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2006.07.02

松平定信『宇下人言』

岩波文庫にも誤植があることを知り、「ふーん。なるほど」とおもった。。

S_4
松平定信『宇下人言・修行録』(2004.2.24 第9刷)
書き手は、いわずと知れた、田沼意次を政権の座から引きずりおとして、門閥家柄派の保守内閣を組閣した老中・首座定信(白河藩主)である。

タイトルの「宇下人言(うげのひとこと)」は、をウカンムリと下、をニンベンと言にわけたほどの自意識過多気味の自伝といってもいい。

[人足寄場]について述べたp118に、享保のころより(農村を捨てて江戸へ流れ込んできた)無宿人がふえていたので、その対策を---、

 志ある人に尋ねしに、盗賊改をつとめし長谷川何がしこころみ
 んといふ。

その「長谷川何がし」に(宣雄・火付盗賊改)と注が附されているが、これは鬼平の父親のイミナで、鬼平のほうは宣以(のぶため)。

宣雄は冷や飯・厄介者組だったのに、長谷川家の当主で従兄・宣尹(のぶただ)が若くして病没したので、急遽、子(銕三郎、のちの平蔵宣以)連れで入り婿・養子となった。

それにしても、長谷川平蔵のことを「長谷川何がし」として、きちんと名を附さないのは失礼きわまる。
この自伝で「何がし」呼ばわりしているのは、ここだけなのである。
定信の田沼意次系ぎらいの心情のあらわれか。

問題の箇所の前後を引用しておく。

 享保之比(ころ)よりしてこの無宿てふもの、さまざまの悪業
 をなすが故に、その無宿を一囲に入れ置侍(はべ)らばしかる
 べしなんど建議もありけれど果さず。
 その後養育所てふもの。安永の比にかありけん、出で来にけれ
 どこれも果さず。

 ここによって志ある人に尋ねしに、盗賊改をつとめし長谷川何
 がしここめみんといふ。

 つくだ島にとなりてしまあり。これを補理して無宿を置、或は
 縄ない、又は米などつきてその産をなし、尤(もっとも)公用
 とし、米金一ヶ年にいかほどと定めて給せらる。

 これによて今はけ無宿てふ者至て稀也。巳前は町々の橋
 ある処へは、その橋の左右につらなりて居しが、今はなし。

ということは、人足寄場長谷川平蔵の手腕によって大きな成果をあげたわけである。その功績アル仁を、「長谷川何がし」と記す定信の神経はなんなんだろう。

上の文章のあと
 
 いずれ長谷川の功になりけるが、この人功利をむさぼるが故
 に、山師などいうなることもあるよしにて、人々あしくいふ。

山師とか姦物という言葉を老中・定信に吹き込んだのは『よしの册子(ぞうし)』に収録されているリポートを書いた隠密たちである。
そのころ、隠密たちは、定信が喜びそうな話を提供するアンチ田沼派での取材をもっぱらとしていた。
そうでなければ、定信のヨイショ組のところ。

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