カテゴリー「006長谷川辰蔵 」の記事

2009.04.24

嫡子・辰蔵の誕生(3)

(てつ)兄(にい)さん。中ノ郷の如意輪寺で、お札をいただいてきました」
おまさ(14歳)が、さしだしたのは、子育てにご利益があるという、如意輪寺(現・墨田区吾妻橋1丁目)の如意輪観音のお札であった。

「わざわざ、吾妻橋東詰までいってくれたのか?」
兄さんの子は、わたしにとっては甥ですから---」
「ありがとうよ」

610
(北本所。如意輪寺 『江戸名所図会』部分 塗り絵師:ちゅうすけ)

当時、如意輪観音は、子育てで信仰をあつめていた。
赤ん坊が3歳、5歳、7歳まで大病もしないで育つと、底抜けの柄杓(ひとゃく)を供えて感謝した。
「柄杓の奉納を忘れないようにしよう」

銕三郎は、久栄(ひさえ 18歳)と辰蔵がふせている部屋へおまさを伴った。
おまさが、如意輪観音さまのお札をいただいてきてくれた」
辰蔵に母乳をあたえていた久栄が、
おまささん。見てやってください。飲んでは寝、飲んでは寝てばかりなんですよ」
「でも、おっ師匠(しょ)さん。寝る子は育つっていいますから---」

兄さん。辰蔵さんのためには、妙見さまのお札のほうがよくなかったですか?」
「なぜ?」
「だって、妙見さまは北辰っていうでしょ」
「北辰というのは、いつも真北で輝いている星のことだ」
「でも、辰蔵の辰でしょ」
「それはそうだが、朝という意味もある。辰蔵は、朝方に生まれたから、父上が辰蔵とおつけになった。草木が育つという字でもある」
「如意輪観音さまでよかったのですね」
「いいどころではない。ぴったりだ。お宮参りには、如意輪寺さんへも参詣しなくてはな。おまさもいっしょしてくれるな」
「はい。きっとですよ」

離れの部屋へ戻ってから、銕三郎が訊いた。
忠助さんの躰のほうは、どうなんだ?」
「ええ。疲れが残るようです」
「大事にしないとな。もう、かれこれ50歳であろう?」
「そうなんです。店も、10日ごとに休みにするように言っているんですが---。わたしの言うことはちっとも聞いてくれなくて。兄さんから、きびしく言ってください」
「よし。近いうちに、道場の帰りにでも店へ寄って、休みをとるように、強く言ってやろう」

兄さん。そのとき、岸井さまはお連れにならないでね」
「どうしてだ?」
「おおばさんと、おみねちゃんが帰ってきているんです」
(こん 31歳)は、3年前に亭主の〔助戸(すけど)〕の万蔵(まんぞう 35歳=当時)が突然死したあと、納骨に足利へ行ったとき、万蔵のお頭だった〔法楽寺ほうらくじ)〕の直右衛門(なおえもん)の妾になり、性戯をしこまれた。

で、江戸で盗(つと)めの指示をまっているときに、岸井左馬之助(さまのすけ 23歳=当時)とねんごろになってしまった。

参照】2008年8月27日~[〔物井(ものい)〕のお紺] () (

気がついた銕三郎おまさの父親・〔たずがね)〕の忠助が、おを隠したのである。

_360_3

情交を絶ち切らさないと、直右衛門にしれたら、左馬之助の命が危なかった。
(やれやれ。また、厄介ごとの火種か)

参照】2009年4月22日~[継嗣・辰蔵の誕生] () (


| | コメント (2)

2009.04.23

嫡子・辰蔵の誕生(2)

「若。今助(いますけ)とおっしゃる人と、小浪(こなみ)と申される女性(にょしょう)が見えておりますが---」
下僕の太作(たさく 63歳)が告げた。

「おお。こちらへお通ししてくれ」
銕三郎(てつさぶろう 25歳)が気軽に言うので、太作はいぶかしげにためらっている。
「いいんだよ、素性のしれた知りあいなのだ」

_130今助(23歳)は、着なれない羽織袴に、みょうにかしこまっている。
小浪(31歳)も、化粧も商家の新造らしくひかえめにおさえ、埃よけの揚げ帽子をつけているが、天性の艶っぽさは、さすがにかくせない。
今助と連れだって真っ昼間におおっぴらに外出できる口実ができ、うれしくてしかたがないという面持ちもかくさない。

若夫婦のために建て増しされた離れに導かれた2人は、それでも型どおりに祝辞を述べ、祝い金をさしだした。
今助は、
「用心棒のことで、大きくお世話になっている、あっしからの、こころばかりもので---」
じつは、浅草・今戸一帯を取り仕切っている香具師(やし)の元締・〔木賊(とくさ)〕の林造(りんぞう 61歳)の代理といえば、辞退されるとしっての口上である。
その知恵をつけたのは、小浪にきまっていると、銕三郎も察している。

その小浪は、
「きつうご贔屓にしてもろてます、茶店〔小浪〕からのお祝いどす」
それにして包みが厚すぎる。
これも、出どころは〔狐火きつねび)〕の勇五郎(ゆうごろう 50歳)の差し金とわかっているが、このときはこだわらなかった。

何かと世話がしやすいからと、床ばなれまでは母屋に伏せている久栄(ひさえ 18歳)の側に眠っている辰蔵(たつぞう)を、ぎこちない手つきで抱き、離れへ戻った銕三郎が、
「見てやってください。拙の赤子のときにそっくりだと、親類の者たちは言うのですよ」
手ばなしの親ばかふりである。

小浪が抱くと、目をさました辰蔵が乳房を手さぐりするので、
辰蔵ちゃんのお口におうたら吸うてもらうんどすが、でえしまへん---」
小浪は泣き笑いしながら、銕三郎へ返す。
銕三郎は、母屋へとってかえし、久栄の乳房をふくませた。

「お乳(ちち)は足りてはりますか」
小浪は、中年増らしく気がまわる。

急に改まった今助が、両手をついて頭をさげ、
長谷川さま。お蔭をもちまして、義兄・浅田と姉の仲が戻りやした。このとおりでやす」

小浪が口をそえたところによると、浅田剛二郎(ごうじろう 32歳)は、夜明け前から昼間のあいだは、向島・寺島村の〔狐火〕の寮で、於布美(おふみ 25歳)と刻(とき)をすごし、夕飯後に浅草・田原(たはら)町の質商〔鳩屋〕へつめているという。

「向島のあの寮の湯殿は、男とおんなの垣根をあっさりと取りのぞくからなあ」
「なんでどす?」
「いや---」

_360
(梅里 湯殿のイメージ)

参照】 2008年6月2日~[お静という女](1) (2) (3) (4)


参照】2009年4月22日~[継嗣・辰蔵の誕生] () (

| | コメント (0)

2009.04.22

嫡子・辰蔵の誕生

明和7年(1770)の(旧暦)3月1日の早暁、久栄(ひさえ 18歳)が男子を産んだ。
その産声(うぶごえ)が産室をみたすと、赤ん坊の父・銕三郎(てつさぶろう 25歳)をはじめ、平蔵宣雄(のぶお 52歳)とその内妻・(たえ 45歳)も、ころがるように産室へ走った。

昨夜からつめきっていた産婆が、産湯(うぶゆ)をつかわせている赤子を見せて、
「ご立派な、お跡継ぎでございます。おめでとうございます」

いちばんあわてていたのは、宣雄で、産婆に、
「苦労であった」
礼の言葉もそこそこに、赤子に話しかける。
「これが祖父ぞ。わしが祖父ぞ」

「殿さま。父親の銕三郎の挨拶が先でございましょう。おじいちゃんはあとでよろしいのです」
がたしなめても、
「なにをいうか。わしは、当家の主(あるじ)であるぞ。主が真っ先に言葉をかけて、どこが悪い」

銕三郎は、宣雄にかまわず、久栄の手を布団の中でにぎりしめ、目で、
(よくやった、よくやった)
と伝えている。

赤子が、久栄の実家・大橋からとどけられていた産着にくるまれて、生母の隣りに寝かされると、宣雄が改まり、
銕三郎久栄。この子の名前じゃが、なにか案でも相談ができておるかの?」

顔を見合わせてから、久栄が、
「お舅(ちちうえ)さまに、ご案がございましょうか?」
「じつは、いま、ひらめいた」
「---なんと?」
「今朝は3月朔日である。しかも、いまは、日の出どき。しごく、めでたい」
「はい」
「それで、辰蔵---と」
辰蔵---」
「この家は、お城から辰の方位(東南東)にあたり、3月は辰月である。あ、ちょっと待て。太作辰蔵のための産湯の用意、大儀であった。礼をいう。ついては、もう一つ---和泉橋通りの大橋どのの家へ、無事に辰蔵が生まれたこと、母子ともに、伸びざかりの草木のようにすこみやかであると、親英(ちかふさ)どのへ告げてきてくれないか。そうじゃ、与惣兵衛(親英)どのもわしも、ともにおじじと呼ばれる身になったとつけくわえてくれ」

太作(たさく 63歳)が、久栄のうなずきに頭をさげて出ていくと、
「おじじ呼ばわりは殿さまからおいいだしでございますからよろしゅうございますが、わたくしのおばば呼ばわりはご遠慮申します」
「おばばがいけないとなると、なんと?」
「大母者---」
辰蔵が舌を噛むわ」
「それでも、そう、願います」
辰蔵よ、聞いたか? そなたのおばばどのは、身勝手な、たいしたおばばじゃぞ」
久栄が痛そうに眉をひそめながら笑い、それにつられて、辰蔵が泣きはじめた。


参照】2009年4月22日~[継嗣・辰蔵の誕生] () (

| | コメント (0)

2007.10.20

養女のすすめ(7)

銕三郎(てつさぶろう 14歳 のちの平蔵宣以=小説の鬼平)の父・平蔵宣雄(のぶお 41歳 小十人組頭)が養女に迎えるといった女性と、その父・三木忠大夫忠任(ただとう 高崎藩士?)のことを考察している。

話は飛ぶが、平蔵宣以(のぶため)の継嗣・宣義(のぶのり 家督前の名=辰蔵)である。
その『寛政譜』を掲げる。この『寛政譜』のために「先祖書」を幕府に上呈したのが、家督した平蔵宣義であることは、再々、記した。

_360_3
(長谷川宣義(幼名=辰蔵)の譜)

宣義の母親が、宣以の正妻・久栄(ひさえ 大橋家からの嫁入り)であることは、冒頭に書かれている。
譜の末尾に、

 妻は永井亀次郎安清(やすきよ)が養女

とある。
いつだったか、永井亀次郎安清『寛政譜』をのぞいて、驚いたことがあった。

永井家は譜代で、祖は、高崎城を守る大浜の城主であった。徳川の水軍に近い存在らしかった。
家康が、命からがら伊賀越えて伊勢の白子(しらこ)から海を三河・大浜に向かったとき、船で出迎えたのが永井平右衛門重元(しげもと)であった。
伊賀越えの側近には、その嫡男・弥八郎直勝(なおかつ)がしたがっていたというから、因縁は深い。想像するに、白子から、弥八郎の従者が大浜へ急走でもしたのであろうか。

直勝は、その後、家康に重用され、淀城をまかされたりもしている。
『寛政譜』によると、永井一門は26家に増え、うち4家が大名。
もっとも、永井亀次郎安清は末の末、26家のどんじり近くに記されているが、それでも400石、両番の家格である。

_360
永井26家の家譜をまとめた最後の10枚目)

_360_2

永井亀次郎安清の譜---子どもたちのところの女子に、
 
 女子 実は橋場神明の神職・鈴木大領知庸が女、
     安清にやしなはれて、長谷川平蔵宣義に嫁す。

とある。
橋場神明は、現在の石浜神社(荒川区南千住3-28-27)である。社務所に確かめたら、明治前の神職は鈴木家であったと。宮司家が代わっているし、史料も焼失とのことで、それ以上は不明とのこと。

永井安清の父・三郎右衛門安静(やすちか)の譜の末尾をみてほしい。

 妻は松平大学頭家臣三木久大夫忠位(ただたか?)が女

三木家を媒介として、奇妙なところで、永井家長谷川家がつながった。
そして、謎は、いよいよ、深まった。

 

| | コメント (0)

2006.07.18

辰蔵の年賦

長谷川平蔵宣義(辰蔵)の年譜

Hidarifujiss_1
長谷川家紋[左藤巴]

明和7年(1770)生       (宣以25歳、宣雄52歳)

天明8年(1788)12月23日(19歳)お目見(宣以43歳)

寛政5年(1793)ごろ      結婚 (24歳)
                   石浜神社の神官の
                   永井亀次郎安清の養女

〃 6年(1794)         男子:宣茂が誕生
〃 7年(1795)4月  (26歳)宣以50歳。病に倒れる
〃        5月8日     書院番士に(廩米 300俵)
                   (松井松平支族)の
                   松平内匠頭康休組
〃 8年(1796)    (27歳)若君の小納戸

享和2年(1802)7月12日(33歳)西丸の小納戸

文政9年(1826)12月15日(57歳)西城の小納戸頭取、
                   山城守、従五位下
天保2年(1831)6月8日(62歳)先手8番手の弓組頭

天保7年(1836)歿    (67歳)

こうしてみると、父・宣以のおかげで父の生存中に書院番士に召された幸運は別として、あとの順当ともいえる昇進は、当人自身の精進の結果であろう。
火盗改メとして功績をあげた父・宣以が果たせなかった山城守、従五位下に、祖父・宣雄(備中守・従五位下)同様に叙爵されたのもなかなかのものといえる。
もっとも、その時は57歳、父・宣以は50歳で病歿しているから、いちがいに比較はできないが。
ま、史実の辰蔵は、小説に書かれているほど凡庸ではなかった。
いや、父・宣以の死による家督後、隠れていた資質を発揮したともいえる。

| | コメント (2)

2006.06.06

嫡子・辰蔵への助言

功なった父親から見た成人前の息子は、友人選びまでふくめて、やることなすこと頼りなく、これで一家を立てていけるようになるだろうかと不安でもある。いや、あなたの家のことではなく、長谷川平蔵と息子の辰蔵……。

まあ、辰蔵の描かれ方に、(成長小説の要素もそなえているな)と思ったこともしばしば。

史実の辰蔵は、処世は父親の平蔵よりはるかに上手だったかもしれない。父親はついに授かることのなかった従五位下・山城守も手にしているし、番方(武官)では最高に近い先手弓・8番手の組頭(1500石高)にも就いている。二つは祖父と同じだ。

S_1
寛政10年、『寛政重修諸家譜』編纂のために、辰蔵(平蔵宣義)が
呈した「先祖書」の表紙。西丸御小納戸 長谷川平蔵と署名。
(国立公文書館蔵)

また賢明にも、出費の多い火盗改メを回避している。平蔵が足かけ8年も火盗改メをつづけて家産を傾けてしまっているから、幕府のほうで気の毒がって命じなかったともとれる。

寛政7年(1795)5月8日(平蔵の死の2日前)『続徳川実紀』に、
 「先手弓組、長谷川平蔵宣以の子・辰蔵宣義(のぶより)、父
 のお蔭もて両番となる」
とある。

呼びだしによって急きょ登城すると、書院番入りを命じられた。

もともと番入りする武官の家柄だし、御目見(おめみえ)は父の平蔵が手をまわして7年前に19歳ですませた。もっとも若年寄による御目見前の下見分は、武芸は辞退、素読講釈だけで受けてはいるが……。
「父のお蔭もて」はいいすぎではないかと勘ぐってみた。

思いあたったのは、平蔵は死の床にあるとはいえ、先手組頭と火盗改メを辞していない。親が在職中に番入りすれば家禄とは別に、当人に廩米300俵が給され、ダブル・インカムになること。

が、親の七光(?)もここまで。あとは自身の才覚で出世を考えないといけない。留意したのは、父が名火盗改メの世評をとる一方で、役人にあるまじき、やりすぎ、目立ちすぎ、前例軽視の型破りで同僚の幕臣たちからは総スカンにちかい扱いをされていたこと。

辰蔵は母に、祖父・宣雄の人となりをきいた。

「軽率なそこもとには七代さま(宣雄)の真似は、とても無理。
ですが人前で黙っていれば、すこしは七代さまに似るでしょう。
口が堅いとの評判をとれば、人は秘密を打ちあけてきます。
季節の挨拶、祝儀不祝儀などは書状に託してぬかりなく届け
ること」

効果は1年もしないであらわれた。寛政8年、組から小納戸に2人選ばれた。辰蔵が就いたのは西の丸――若君づきの小納戸。若君はつぎの将軍なのだ。

さらに手紙をせっせと送った(いまならeメールか)。しだいに味方がふえ、人望もあがってきた。それでもあせらなかった。我慢すること29年――健康にも恵まれていたから57歳で小納戸頭取(役高1000石)へ。

一代かぎりの今の俸給生活者と、家に収入がついていた幕臣とは異なるが、父親の逆を行った寡黙、書簡……の辰蔵の生き方は参考になるはず。

つぶやき:
感心するのは、平蔵宣以の妻・久栄(小説での名)である。舅・宣雄は、嫁してきて3年そこそこで歿している。それなのに、番方(武官)の格とはいえヒラつづきでしかなかった長谷川を、舅・宣雄が従五位下・なんとかの守に叙されるまでに引きあげたやりようをちゃんと見ている。
しかも、それを夫には強制していない。

| | コメント (1)

その他のカテゴリー

001長谷川平蔵 | 002長谷川平蔵の妻・久栄 | 003長谷川備中守宣雄 | 004長谷川平蔵の実母と義母 | 005長谷川宣雄の養女と園 | 006長谷川辰蔵 | 007長谷川正以 | 008長谷川宣尹 | 009長谷川太郎左衛門正直 | 010長谷川家の祖 | 011将軍・家斉 | 012松平定信 | 013京極備前守高久 | 014本多家 | 016三奉行 | 017幕閣 | 018先手組頭 | 019水谷伊勢守勝久 | 020田沼意次 | 021佐嶋忠介 | 031その他の与力 | 032火盗改メ | 041酒井祐助 | 042木村忠吾 | 043小柳安五郎 | 044沢田小平次 | 045竹内孫四郎 | 051佐々木新助 | 074〔相模〕の彦十 | 075その他の与力・同心 | 076その他の幕臣 | 078大橋与惣兵衛親英 | 079銕三郎とおんなたち | 080おまさ | 081岸井左馬之助 | 082井関録之助 | 083高杉銀平 | 088井上立泉 | 090田中城かかわり | 091堀帯刀秀隆 | 092松平左金吾 | 093森山源五郎 | 094佐野豊前守政親 | 095田中城代 | 096一橋治済 | 097宣雄・宣以の友人 | 098平蔵宣雄・宣以の同僚 | 099幕府組織の俗習 | 100盗賊一般 | 103宮城県 | 104秋田県 | 105山形県 | 106福島県 | 107茨城県 | 108栃木県 | 109群馬県 | 110埼玉県 | 111千葉県 | 112東京都 | 113神奈川県 | 114山梨県 | 115長野県 | 116新潟県 | 117冨山県 | 118石川県 | 119福井県 | 120岐阜県 | 121静岡県 | 122愛知県 | 123三重県 | 124滋賀県 | 125京都府 | 126大阪府 | 127兵庫県 | 128奈良県 | 129和歌山県 | 130鳥取県 | 131島根県 | 132岡山県 | 133広島県 | 136香川県 | 137愛媛県 | 139福岡県 | 140佐賀県 | 146不明 | 147このブログの盗賊 | 148〔からす山〕の松造 | 149お竜・お勝 | 150盗賊通り名検索あ行 | 151盗賊通り名検索か行 | 152盗賊通り名検索さ行 | 153盗賊通り名索引た・な行 | 154盗賊通り名検索は・ま行 | 155盗賊通り名検索や・ら・わ行 | 156〔五鉄〕 | 157〔笹や〕のお熊 | 158〔風速〕の権七 | 159〔耳より〕の紋次 | 160小説まわり・池波造語 | 161小説まわり・ロケーション | 162小説まわりの脇役 | 163『鬼平犯科帳』の名言 | 165『鬼平犯科帳』と池波さん | 169雪旦の江戸・広重の江戸 | 1716 | 172文庫 第2巻 | 173文庫 第3巻 | 174文庫 第4巻 | 175文庫 第5巻 | 176文庫 第6巻 | 177文庫 第7巻 | 178文庫 第8巻 | 195映画『鬼平犯科帳』 | 197剣客 | 199[鬼平クラス]リポート | 200ちゅうすけのひとり言 | 201池波さんの味 | 205池波さんの文学修行 | 208池波さんの周辺の人びと | 209長谷川 伸 | 211御仕置例類集 | 212寛政重修諸家譜 | 213江戸時代制度の研究 | 214武家諸法度 | 215甲子夜話 | 216平賀源内 | 217石谷備後守清昌 | 219参考図書 | 220目の愉悦 | 221よしの冊子