カテゴリー「117冨山県 」の記事

2006.02.11

女賊(おんなぞく)おせつ

『鬼平犯科帳』文庫巻12の冒頭に収まっている[いろおとこ]で、同心・寺田又太郎・金三郎の殺傷を仕掛けたのは〔鹿熊(かぐま)〕の音蔵一味だが、〔山市(やまいち)〕の市兵衛(60がらみ)が1枚かんでいた。
(参照: 〔鹿熊〕の音蔵の項)
(参照: 〔山市〕の市兵衛の項)
市兵衛は女賊おせつの父親の実兄だったが、姪が火盗改メの同心・寺田兄弟と情をかわした上に仲間を裏切っていくのを見ていられなくなったのである。

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年齢・容姿:22~4歳か。たよりなげで、ものさびしそうな風情が男ごころを牽きつける。
生国:越中(えっちゅう)国新川郡(にいかわこおり)の山あいの村(現・冨山県下か中か上新川郡のどこか)。
おせつも伯父・市兵衛も、下新川郡生まれの〔舟見(ふなみ)〕の長兵衛一味にいたことがある地縁で類推。
(参照: 〔舟見〕の長兵衛の項)

探索の発端:探索中に、目黒の竹藪の中で盗賊に刺殺された兄・又太郎の跡目を継いだ寺田金三郎(25歳)は、回向院でおせつが自分を見て逃げ出したのを追い問い詰め、兄の殺害が〔鹿熊〕一味の仕業と知ることになった。
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両国 回向院(『江戸名所図会』より 塗り絵師:西尾 忠久)

そしておせつは金三郎と情を交わし、自らの寿命を縮ることにもなった。

結末:自分たちを火盗改メに売ろうとしていると、〔鹿熊〕一味は〔山市〕の市兵衛の店でおせつを殺した。
〔山市〕の店は火盗改メの看視下におかれ、やがて市兵衛が捕らえられ、その陳述によって〔鹿熊〕一味も捕縛。

つぶやき:火盗改メの与力・同心が、女賊と情を通じる篇は、聖典全体では5指にあまる。京都での木村忠吾、あばたの新助、この篇の寺田兄弟、さらには黒沢勝之助、高松繁太郎、松波金三郎、細川峯太郎---。
まあ、若い男と若い女がいて、女がその気になっていれば深みにはまるのも自然の勢いといえる。あとは、物語の展開にどうあやどりをつけるかが、作家の腕のみせどころ。

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2006.02.05

〔籠滝(かごたき)〕の太次郎

『鬼平犯科帳』文庫巻20に収められている[高萩の捨五郎]で、タイトルにもなっている一人ばたらきの〔高萩(たかはぎ)〕の捨五郎(54,5歳)に助(す)けばたらきを頼んだが、兇悪なお盗メのゆえに断られ、腹いせを画策する首領が、〔籠滝(かごたき)〕の太次郎である。
(参照: 〔高萩〕の捨五郎の項)
当の捨五郎は、向島・請地の秋葉大権現の近くで、武士に粗相をした子どもとその父親を助けようとして足を斬られて、動けない。

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年齢・容姿:彦十の見立てだと40歳前後。引きしまった躰つき。苦味のきいた顔つきだが、表情というものがなく、気味の悪さを相手にあたえる。
生国:北陸道から越中・越後へかけてを縄張りにしているというが、『旧高旧領』には「籠滝」という地名は、そのあたりはもとより全国に存在しない。
それで、池波さんの取材先からの推定で、冨山県東砺波郡平村籠渡が「通り名(呼び名)」づくりのヒントかなと類推した。
もちろん、新潟県北蒲原郡安田町籠田も捨てがたいが。

探索の発端:傷で動けない捨五郎の手紙を、代わって彦十が〔籠滝〕の太次郎が宿泊している武州飯塚村の夕顔観音堂に近い家へとどけたことから、火盗改メが〔籠滝〕一味を監視することになった。
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夕顔観音堂(『江戸名所図会』より 塗り絵師:西尾 忠久)

結末:手紙を届けて帰る彦十を尾行し、捨五郎が伏せている農家をさぐりあて、襲ってきた〔籠滝〕一味は、待ち構えていた火盗改メにたちまち捕らえられた。
また、佐嶋与力が指揮する捕方が、夕顔観音堂の近くの隠れ家を襲い、全員捕縛。

つぶやき:〔高萩〕の捨五郎のいさぎよさに対して、〔籠滝〕の太次郎の執念深さと非道ぶりは、対比が芸術の基本の一つとはいい条、これほどあざやかに示されると、うならざるをえない。池波さんの小説作法の真髄の一つがこの篇。

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2006.02.01

〔山市(やまいち)〕の市兵衛

『鬼平犯科帳』文庫巻12の冒頭に収まっている[いろおとこ]で、同心・寺田又太郎・金三郎の殺傷を仕掛けたのは〔鹿熊(かぐま)〕の音蔵一味だが、それには女賊おせつの伯父〔山市(やまいち)〕の市兵衛が1枚かんでいた。
(参照: 〔鹿熊〕の音蔵の項)
(参照: 女賊おせつの項)
6年前に盗みの世界から足を洗った市兵衛は、四ッ目橋の北詰・深川北松代町で小さな居酒屋〔山市〕を営んでいる。店名は山形に名前の市兵衛の「市」を配した屋標からきたものであろう。

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年齢・容姿:60がらみ。白髪頭。
生国:越中(えっちゅう)国新川郡(にいかわこおり)の山あいの村(現・冨山県下か中か上新川郡のどこか)。
市兵衛も姪おせつも、下新川郡生まれの〔舟見(ふなみ)〕の長兵衛一味にいたことがある。その地縁で類推。
(参照: 〔舟見〕の長兵衛の項)

探索の発端:兄・又太郎を謀殺した〔鹿熊〕一味を探索するために火盗改メの同心となった寺田金三郎が、居酒屋〔山市〕へ消えたのを不審に思った〔相模〕の彦十が見張っていると、男が一人、出てきた。
尾行すると、緑町4丁目の鰻屋で浪人と何かを打ち合わせたのち、またも〔山市〕へ引き返す。
たまたま通りかかった鬼平とともに〔山市〕を見張っていると、女の悲鳴が---。
飛びこんでみると、おせつが殺されており、市兵衛は逃げた。
そこから、市兵衛がふたたびあらわれるのを〔大滝〕の五郎蔵と彦十が張りこんで待ちかまえた。

結末:おせつを殺したのは、〔鹿熊〕一味のものと、市兵衛が白状におよんだので、一味の盗人宿の東海道も波品川宿2丁目の質商に打ち込んで、音蔵ほか8名が逮捕された。かずかずの畜生ばたらきからいって磔刑であろう。

つぶやき:伯父・市兵衛から見た姪おせつ評「あのおせつという女は、私の弟の子に生まれましたが、どうにも、女賊になりきれねえところがございました。気質(きだて)がやさしい上、顔もおぼえねえうちに母親を亡くした所為(せい)かも知れませぬ。どことなく、たよりげな、ものさびしいところがございまして、そういうところに、男はひきつけられてしまうようなのでございます---」
こういう悲運の女性を池波さんはよく書く。当シリーズ第1話[唖の十蔵]の小間物屋の女房おふじもそうだった。

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2006.01.23

〔松倉(まつくら)〕の清吉

『鬼平犯科帳』文庫巻12に収録の[いろおとこ]で、盗人の首領・〔鹿熊(かぐま)〕の音蔵が、尾行してきた火盗改メ方の同心・寺田又太郎を中目黒の竹藪で殺害したとき、配下の〔松倉(まつくら)〕の清吉が先まわりをして手配りを万端整えた。
(参照): 〔鹿熊〕の音蔵の項
姪の女賊おせつが寺田同心と割りない仲になっているのを知った〔山市〕の市兵衛が、別れさせるために差したのである。
(参照: 女賊おせつの項)
(参照: 〔山市〕の市兵衛の項)

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年齢・容姿:どちらも記述されていないが、30がらみか。
生国:越中(えっちゅう)国新川郡(にいかわこおり)松倉村(現・冨山県中新川郡立山町松倉)。
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明治20年ごろの松倉村

首領の〔鹿熊〕の音蔵も、同じ新川郡松倉村でもさらに山間に入った「鹿熊」の出だから、清吉も松倉村字(あざ)虫谷あたりかも。地縁の妙---というか、池波さんが「してやったり」とほくそえんでいる「通り名(呼び名)」の選定ではある。

探索の発端:非番の夜、〔五鉄〕で飲んでいた同心・寺田金三郎に不審を感じた彦十が尾行(つ)けていくと、四ッ目の居酒屋〔山市〕へ入り、やがて、女賊おせつが殺され、金三郎も重傷を負った。
彦十たちが居座って、市兵衛を捕縛したことで、事件の裏が判明した。

結末:〔鹿熊〕一味の九名は清吉ともとども、南品川の盗人宿・質商・栄左衛門方で捕縛された。五十両で金三郎の殺害を請け負っていた浪人・矢島孫九郎はいずこへか逃亡。

つぶやき:池波さんの関心が、立山周辺にあることは、文庫巻7[泥鰌(どじょう)〕の和助もこの地の出であることからも推測できる。
(参照: 〔泥鰌〕の和助の項)

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2006.01.22

〔泥鰌(どじょう)〕の和助

『鬼平犯科帳』文庫巻7に収められている[泥鰌の和助始末]は、〔大工小僧〕の異称をもつ〔泥鰌(どじょう)〕の和助が、実の息子・磯太郎(23歳)を自殺に追いこんだ南新堀(中央区)の紙問屋〔小津屋〕へ、仇討ちのつもりで盗みにはいろうとしているのに、退屈をもてあましている剣客・松岡重兵衛(50歳前後)が手を貸す物語である。
(参照: 剣客・松岡重兵衛の項)
〔泥鰌〕の和助は、父親の代から2代つづいている大工あがりの盗人で、しばらくは〔地蔵(じぞう)〕の八兵衛一味にいた。大工として大店の普請仕事をするとき、だれにもわからない秘密の仕掛けをほどこしておき、歳月をおいてから、その仕掛けを使って泥鰌のようにするすると忍びこむ---これが「通り名(呼び名)」のゆえんでもある。

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年齢・容姿:60歳前後。髷はちょこんと頭にのっているが、がっしりした躰つき。手指も骨張っている。
生国:越中(えっちゅう)国新川郡(にいかわこおり)安蔵(あんぞう)村(現・冨山県上新川郡大山町安蔵)。
大山町を流れる常願寺川の上流、湯川谷右岸に「泥鰌池」がある。それで、ここを生地としてみた。もしかすると江戸のどこかの裏店の線もないではないが、まあ、父親も腕のたしかな渡り大工だったようだから、江戸に住みついていたとは考えがたい。

探索の発端:息・辰蔵(20歳)が通っている市ヶ谷・左内坂上(新宿区)の坪井道場へあらわわれた松田十五郎と名乗った剣術遣いの剣筋を聞いた鬼平は、それが松岡重兵衛の変名と悟り、辰蔵に住いを突きとめるようにいいつけた途端、さっと消えられてしまった。
重兵衛が立ち寄った市ヶ谷田町1丁目の鰻屋[喜田川]惣七も店を閉めて逐電していた。が、辰蔵の悪友・阿部弥太郎が鰻屋の女房が天現時寺(港区南麻布4丁目)の門前で茶店をだしているのを見つけてから、見張りがつけられた。
(参照: 〔不破〕の惣七の項)
それで、〔泥鰌〕の和助たちの狙い先が判明。

結末:首尾よく紙問屋〔小津屋〕へ忍びこみ、金を盗み、帳面類を川へぶちまけたまではよかったが、亀戸村の盗人宿へ引き上げてみると、惣七の裏切りで、浪人たちすが横取りすべく待ち受けてい、和助は斬られて死んだ。

つぶやき:シリーズ第48話目---連載満4年、『オール讀物』での巻末に落ち着いてからも2年経っている。
それで、あるていどのわがままもきいたのであろう、この篇の原稿枚数はふだんの篇の倍はある。松岡重兵衛の「退屈は死ぬよりつらかった」の経緯と、和助の仕掛け大工としての秘策を矛盾なく説明するために、それだけの枚数を要したのであろう。
読み手としては、そこのところを汲みとりながら読みこみたい。

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2005.09.29

〔己斐(こひ)〕の文助

『鬼平犯科帳』文庫巻5におさまっている[深川・千鳥橋]で、大工あがりの〔間取(まど))り〕の万三が、労咳の最後の静養費のために、手元に残っている5枚の大商店の間取り図を盗賊の首領へ200両で売りたいというので、上野山下・仏店で鰻屋〔大和屋〕を出している金兵衛(60すぎ)の口ききで、〔己斐(こひ)〕の文助がとりもった。
(参照: 〔間取り〕の万三)の項)
文助は、盗賊界の大物〔夜兎(ようさぎ)〕の角右衛門のもとで15年も修行をつんだ本格派で、独立してからはすぐれた錠前はずしとして諸方の盗賊の頭領から高く買われていた。
(参照: 〔夜兎〕の角右衛門の項 )
さて、文助は、話を、3代つづいている盗みの世界での名門〔鈴鹿(すずか)〕の弥平次へもちかけ、快諾をもらった。
(参照: 〔鈴鹿〕の弥平次・3代目の項)

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年齢・容姿:40すぎ(寛政元年 1789)。容姿の記述はないが、引き締まった躰つきと想像する。
生国:故郷の越中(えっちゅう)に老いた両親がいる---とあるが、越中には「己斐」という村はない。それで探したのが、婦負郡(ねいこおり)小井波(こいなみ)村(現・冨山県婦背負郡八尾町小井波)である。砺波郡(となみこおり)井波村は池波さんの先祖の地である。そのまま使うのは照れもあり、小井波村の前半分を借りて「己斐(こい)」としたのではなかろうか。
安芸(あき)国佐伯郡(さえきこうり)己斐(こい)村(現・広島県広島市西区己斐)も考えたが、故郷が越中とあるから、とるわけにはいかない。
蛇足だが、「己斐」ルビを池波さんは(こひ)としているが、元和5年(1619)の安芸国の「知行帳」は「こい村」である。

探索の発端: 〔大滝〕の五郎蔵が現役のお頭だった時分、日本橋南1丁目の呉服問屋〔茶屋〕の間取り図を万三から買ったことがある。そのことを、「お縄にはしない」との約定のもとに鬼平に話した。
鬼平は、五郎蔵に破牢の形をとらせて万三を探らせた。
(参照: 〔大滝〕の五郎蔵の項 )
かつて〔蓑火(みのひ)〕の下にいた〔大和屋〕金兵衛を五郎蔵が見張っていると、果たして、万三と文助があらわれた。

結末:間取り図を買うといった〔鈴鹿(すずか)〕の弥平次の3代目(40がらみ)は、悪だった。
〔己斐(こひ)〕の文助をなぐりつけて殺し、詭計をこらして万三を呼びだし、見取り図を奪い取ろうと---。その瞬間、鬼平が乗りこんで命をすくった。

つぶやき:シリーズの連載2年半目あたりのこの篇は、『鬼平犯科帳』のいちばんいい面---鬼平の人品の秀逸さ---小さなことは情で裁き、大きなことは法にまかせて密偵たちを心服させるところが遺憾なく描きこまれている。
吉宗の時代に整備された法の適用基準---一事一様は間違いではないのだが、とかく杓子定規になりかねない。鬼平が用いるのは、一事両様、すなわち、人情味の味つけの巧みさである。

追記:
井波町は市町村合併で、2004年11月1日に南砺市の一分となった。

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2005.08.28

〔名幡(なばた)〕の利兵衛

『鬼平犯科帳』文庫巻9の、名作との評価が多い[本門寺暮雪]に登場する、大坂の盛り場をとりしきる香具師の元締・〔名幡(なばた)〕の利兵衛。一旦は引き受けた仕掛けを断った、井関録之助の命をしつこく狙う刺客をさしむける。その刺客と、鬼平が本門寺表門の石段で対決することになる。

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年齢・容姿:老人。品のよい顔だち。小さく痩せこけている。口ききようもおだやか。
生国:越中(えっちゅう)国砺波郡(となみこうり)蟹谷(かんだ)郷名畑村(現・冨山県小矢部(おやべ)市名畑)
『旧高旧領』にも『大日本地名辞書』にも「名幡」はない。郵便番号簿を(ナバタ)で検索して「小矢部市」をえた.同市は、池波家の先祖の出身地・井波町から北へ20キロメートルしか離れていない。ここの「名畑」を「名幡」と変えたともおもえる。

探索と結末:ともにしるされていない。すべては闇から闇。

つぶやき:越中から大坂へ出て、香具師の元締までのしあがるには、それなりの智謀と姦計と暴力を用いたろう。想像するだけでも一篇のバイオレンス小説が誕生しそうだ。

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2005.08.26

〔傘山(かさやま)〕の瀬兵衛

『鬼平犯科帳』文庫巻9に所載の[浅草・鳥越橋]は、シェイクスピア[マクベス]以来、「悪魔のささやき」ともいわれる妻の不逞の讒言が引きおこす悲劇である。
火種は、お頭〔傘山(かさやま)〕の瀬兵衛が、盗め金(つとめがね)の配分について、長年いっしょにやってきたのだからこっちの気持ちは分かっているはずと、〔押切(おしきり)]の定七(35歳)へ「今回はこれで我慢してくれ。つぎにはうんとはすせませてもらうから」と、つい、いいもらしたことだった。
定七は、〔風穴(かざあな)〕の仁助(35歳)を裏切りに引きこむために、お頭の瀬兵衛が、仁助の女房おひろ(30歳前後)と乳繰りあっていると、根も葉もないことを吹き込み、嫉妬の業火に火を点(Z)けたからたまらない。
(参照: 女賊おひろの項)

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年齢・容姿:50歳をこえた。背丈6尺(約1.8メートル)の大男。手も足も、目も鼻も口も造作がすべて大ぶり。
生国:越中(えっちゅう)国新川郡(しんかわこうり)上滝(かみたき)村(現・冨山県上新川郡大山町上滝)
大山町の南部に東笠山(1,687m)・西笠山(1,697m)がある。木樵(きこりあがりという瀬兵衛にとって、2山は自分の庭みたいなものだったろう。麓の有峰盆地から上滝村を採った。平凡社『日本歴史地名大系』は「西笠山には壮麗な傘形の残雪が現れ、富山平野からもよく見え、傘山ともよばれて親しまれた」とあると、教えてくださったのはハンドル名リイウファさん。

探索の端緒:[女賊おひろ]の項からのコピー---大横川ぞいの石島町、〔小房〕の粂八にまかされている船宿へ、客として現れた〔白駒(しろこま)〕の幸吉と〔押切(おしきり)〕の定七が尾行(つ)けられて、それぞれの住いが判明、見張られた。
(参照: 〔小房〕の粂八の項)
(参照: 〔白駒〕の幸吉の項)

結末:同心・沢田小平次たちが見張る中〔傘山(かさやま)〕の瀬兵衛は、浅草・鳥越橋上で、たまたま行きあった〔風穴(かざあな)〕の仁助の嫉妬の刃で刺殺。仁助はその場で同心・沢田小平次に捕縛された。は、浅草・鳥越橋上で、たまたま行きあった〔風穴(かざあな)〕の仁助の嫉妬の刃で刺殺。仁助はその場で同心・沢田小平次に捕縛された。

つぶやき:「わしが生き甲斐は、女だけじゃ」と、稼ぎのほとんどを行くさきざはに囲っている女に使い果たして悔いない〔傘山〕の瀬兵衛の生き方は、男としてうらやましいというより、「ご苦労さんです」だ。
その瀬兵衛が、4年前に抱いたおひろの「まるで、骨がねえような」「やわらかい、しなやかな女体」を、突然、おもいだして出かけなければ、悲劇は起きなかったのだが、女のために命を落としたのは、」しろ、背兵衛には本望だったかも。
この篇にも、池波流の、ひかえめの好色趣味が発揮されてい、読み手は男も女も「フーッ」と溜息を洩らしながら堪能するはずである。

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2005.08.16

〔岩屋(いわや)〕の大六

『鬼平犯科帳』文庫巻9の巻頭におかれている[雨引の文五郎]は、盗人の美学を体得している〔雨引(あまびき)〕の文五郎の物語である。
(参照: 〔雨引〕の文五郎の項)
属していた巨頭〔西尾(にしお)〕の長兵衛が逝き、残された一味25名の者たちは、とうぜん、文五郎が跡目をついでくれるとおもっていたのに、「跡目をつぐつもりはねえ。なぜといいねえ、おれは雨引の文五郎で西尾の長兵衛お頭ではねえからだ」といって、さっさと〔単独(ひとり)ばたらき〕の盗賊になってしまったものである。
このいきさつを〔舟形(ふながた)〕の宗平に告げたのが、〔西尾〕の一味の解散後、〔初鹿野(はじかの)〕の音松の配下となった〔岩屋(いわや)〕の大六であった。
(参照: 〔舟形〕の宗平の項 )
(参照: 〔初鹿野〕の音松の項 )

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年齢・容姿:どちらも記述されていない。
生国:越中(えっちゅう)国砺波郡(となみこうり)井波村字岩屋(現・冨山県東砺波郡井波町岩屋)。
〔西尾〕の長兵衛のテリトリーは、甲信2州から美濃へかけてである。とすると、美濃国郡上郡岩屋村をまっさきにあげるべきであろう。しかし、この盗人は、捕縛された前歴がない。しかも、〔西尾〕の長兵衛も〔初鹿野〕の音松も本格派である。
ということで、池波さんは、あえて、池波家の先祖が宮大工をしていた、井波の出身としたのであろう。ここで、大六の名(だいろく)から(ろ)を引くと(だいく)---ほら、「だいく 大工」なんてことまでバラすと、池波さんは天上でくしゃみするかも。

探索の発端、結末:上のようなわけだから、どちらも記述されていない。

つぶやき:「岩屋」は、越前国大野郡、陸奥国二十郡と北郡、若狭国三方郡、大和国山辺郡、摂津国兎原郡と川辺郡にもあった。
しかし、なにもいわないで、井波町にゆずろうではないか。池波さん、安らかにお休みください。

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2005.08.06

〔海津(かいづ)〕の滝造

『鬼平犯科帳』文庫巻22、長篇[迷路]の第7章[座・徳の市]に、ちらっと登場する盗人---といっても、当人がじかに登場するのではなく、女盗お兼の自白の中で、何気なく語られる。
「池尻のつなぎの人の中で、海津(かいづ)の滝造(たきぞう)という爺さんが、いつだったか、ひょいと洩らしたことがありました。池尻のお頭には、なんでも義理の兄さんがいて、そのお人も、池尻のお頭同様、むかしは大きな盗めをしたお人らしゅうございます。もう亡くなっているのではないでしょうかねえ」
(参照: 〔池尻〕の辰五郎の項)

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年齢・容姿:爺としか書かれていない。容姿の記述もない。
生国:越中(えっちゅう)国射水郡(いみずこうり)海津村(現・冨山県氷見市海津)
氷見市にきめるまで、かなりの時間が経過した。〔池尻(いけじり)〕の辰五郎は美濃(みの)の大垣(おおがき)の近くの池尻の出とある。p207 新装版p196 それで、近江国高島郡海津をまっさきに候補にあげた。
この高島郡の高島は、百貨店〔高島屋〕の屋号にもなっている。
福岡県三池郡高田町海津は、あまりに地縁が薄すぎるので外した。
氷見町がひらめいたのは、池波さんの先祖が井波町の出身ということ。さらに、密偵〔豆岩〕が氷見の南隣の伏木の生まれであること、また、〔豆岩〕がほれ込みながら差した〔海老坂(えびさか)〕の与兵衛の「海老坂」は、氷見と伏木の中間にあること---などから、池波さんに土地勘もあるとみた。
(参照: 〔豆岩〕の岩五郎の項)
(参照: 〔海老坂〕の与兵衛の項 )

探索の発端:---といっても、〔海津〕の滝造のではなく、正体が知れない刺客を操っている奥の人物への手がかりである。すでに打ち首処刑になってしまっている引き込み女お兼の自白書を、あらためて読み返すことを鬼平におもいつかせたのは、密偵〔玉村(たまむら)〕の弥吉であった。
(参照: 〔玉村〕の弥吉の項)

結末:もう亡くなっているかも、とお兼はいったが、〔猫間(ねこま)〕の重兵衛は生きていた。重兵衛と鬼平の一騎打ちで片がつく。
(参照: 〔猫間〕の重兵衛の項)

つぶやき:連想というのは、不可思議な働きをする。
「海津」という地名を『旧高旧領』を検索して近江国と越中国に見つけたときは、即座に近江だと思った。八日市から米原への近江鉄道の車窓から望んだはるか先、越前との国境の山々を連想していた。あの山々の手前が高島郡だと。
しかし、高島郡海津と射水郡海津の資料をそろえてたとき、とつぜん、〔飛鳥〕で伏木港へ入港・下船したときのことをおもいだした。臨時下船客のおおくが、合掌造りの白川を見学にいくという。地図でたしかめると、越中と美濃の白川はそれほど離れてはいない。
地縁という言葉が浮かんだ。大垣と氷見は山越えでつながるのだと。

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2005.06.26

〔野尻(のじり)〕の虎三

『鬼平犯科帳』文庫巻5に収録されたいる[兇賊]の首魁である〔網切(あみきり)〕の甚五郎一味の幹部級の配下。
(参照: 〔網切〕の甚五郎の項)
江戸へ帰るために、倶利伽羅峠の頂上にある地蔵堂で休んでいた〔鷺原(さぎはら)〕の九平は、「鬼の平蔵の血を見なくちゃあ---」と話しあいながら峠をくだって行く3人づれの男たちを見てしまった。そのうちの1人が〔野尻(のじり)〕の虎三。
(参照: 〔鷺原〕の九平の項)

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年齢・容姿:34,5歳。商人風。
生国:越中(えっちゅう)国砺波郡(となみごうり)野尻野村(現・冨山県東砺波郡福野町野尻)。
「野尻」とは、野の端っこの意だろう。そんな土地は日本中いたるところにあるはず。事実、ほとんどの県に「野尻」という地名は現在する。
で、当初は、野尻湖でよく知られている長野県を考えたが、倶利伽羅峠を北からのぼってくるという記述にあわない。それで、石川県か冨山県と見当をつけたら、なんと、東砺波郡に池波さんのご先祖が出た井波町の名が見え、つづきの福野町の大字に「野尻」があった。

探索の発端:鬼平を尾行して逆に注意を向けられてしまった〔鷺原〕の九平は、青山・久保町
で飯屋をやっている〔板尻(いたじり)〕の吉右衛門のところへ転がりこんだ。
(参照: 〔板坂〕の吉右衛門の項)
ある日、倶利伽羅峠で聞いた声の客が飯を食っていたので、尾行し、梅窓院の横道を南へ行ったところにある盗人宿をつきとめた。そこには、〔文挟(ふみばさみ)〕の友吉もいた。
(参照: 〔文挟〕の友吉の項)

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梅窓院の泰平観音堂(『江戸名所図会』より 塗り絵師:西尾 忠久)

かれらが、向島の料亭(大村)で鬼平の始末をたくらんでいるらしいと知り、火盗改メへ急報しようと---。

結末:料亭〔大村〕での危地を出脱した鬼平は、〔網切(あみきり)〕一味を捕縛。甚五郎は獄門であろう。〔野尻〕の虎三らは死罪。

つぶやき:この篇は、『オール讀物』1970年11月号、すなわち、連載満3年目まじかに掲載された。松本幸四郎丈(白鴎さん)によるテレビも1年前から始まり、人気も急速に高まってきていたときである。
それだけに、編集部へもかなり自由がきき、原稿枚数もふだんの篇の倍近い。芋酒などもあしらって、話はゆったりとすすめられている。

『木曾路六十九次』に[野尻・伊奈川遠景](英泉)がある。現・長野県大桑村野尻。
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英泉の傑作のひとつだし、池波さんはこの画集を愛好していた気配もあるので、「ハッ」と思ったが、〔網切〕の甚五郎との地縁で、やはり、越中国説を捨てきれない。

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2005.06.22

〔黒坂(くろさか)〕の伝右衛門

『鬼平犯科帳』文庫巻7を彩っている魅惑的な女賊は、一編のタイトルにもなっている[掻掘のおけい]である。
40を越えていようかというのに、「なんともいえない色気があって---」と、70をすぎた〔舟形(ふながた)〕の宗平が嘆声まじりに、着物ごしに触れても、まるで生身にさわったように「指にぴりっときた」と洩らしたほどの、女躰の持ち主。
そのおけいに若さをしゃぶりとられ、〔大滝(おおたき)〕の五郎蔵に泣きこんだのが〔砂井(すない)〕の鶴吉である。いぜんに五郎蔵の下にいたとき、上州・高崎でのお盗めのさなかに下女を犯した。それで追い出されて〔黒坂(くろさか)の伝右衛門の配下となったこともあった。
(参照: 〔大滝〕の五郎蔵の項)
(参照: 〔砂井〕の鶴吉の項)

207

年齢・容姿:どちらも記述されていない。
生国:本拠は駿河(するが)国とあるが、『旧高旧領』に「黒坂村」はない。
駿河に流れてきて定着しそうな「黒坂村」としては、甲斐(かい)国八代郡黒坂がもっとも近いが、池波さんが座右に置いて重宝していた『大日本地名辞典』(冨山房)からさがすと、越中国砺波郡、北陸道にかかる砺波山の「黒坂」とも呼ばれる倶利伽羅峠は、池波小説の定番の山坂である。

探索の有無:ない。

結末:ない。

つぶやき:ほんの1行しか顔を見せない人物にまで、きちんと「通り名(呼び名)」を与える几帳面さよりも、「さあ、この土地を当ててみろ」といった茶目っ気のほうを、より強く感じる。
というのも、わざわざ「駿河の黒坂の伝右衛門」とミス・リードをさそっておいて、じつは「黒坂」は、おなじみの「倶利伽羅峠の別名ということを知っておるかの?」といいたげに、いたずらっぽく笑っている池波さんの顔が思い浮かぶのである。
さいわい、『大日本地名辞書』を調べていたので、池波さんの詭計に落ちずにすんだ。

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2005.06.06

〔神子沢(みこのざわ)〕の留五郎

『鬼平犯科帳』文庫巻12に収録の[いろおとこ]で、女賊のおせつが小娘ながら引きこみとして仕えていたお頭。そのとき、のちに密偵となった〔堀切(ほりきり)〕の彦六も一味を手伝って顔見知りになった。
その後、〔舟見(ふなみ)〕の長兵衛一味の引きこみをしていたところを彦六に見つけられて、火盗改メ・同心の寺田又太郎、のちには弟の金三郎とも関係をもつことになる。
(参照: 女賊おせつの項)
つまり、この篇での〔神子沢(みこのざわ)〕の留五郎は、おせつと彦六との結び役的に顔を見せたにすぎない。
(参照: 〔舟見〕の長兵衛の項)

212

年齢・容姿:どちらも記述がない。
生国:越中(えっちゅう)国新川郡(しんかわごおり)神子沢(みこのざわ)村(現・冨山県下新川郡入善(にゅうぜん)町神子沢)
享保18年(1733)の家数22。舟見とは近い。

探索の発端:記述がない。

結末:探索もされていないので、逮捕の記述もない。

つぶやき:先祖の地である冨山県を旅行した池波さんが、黒部川下流、海岸ぞいの、このいわくむあれげな地名に興味をそそられて、この篇で使ってみたのであろう。
篇中で(かみこざわ)とルビをふったのは、現地を知らない編集部だったか。

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2005.05.22

〔中尾(なかお)〕の治兵衛

『鬼平犯科帳』文庫巻1に収録されている[浅草・御厩河岸]の主人公は、〔海老坂(えびさか)〕の与兵衛と密偵・豆岩である。
(参照: 〔海老坂〕の与兵衛 の項)
(参照: 〔豆岩〕の岩五郎の項)
豆岩には、中風で寝ついている父親(75,6歳)がい、御厩河岸の居酒屋の住いとは別のところに隠棲しているが、越中(冨山県)伏木生まれのこの父親・卯三郎がかつて配下だったお頭。一味の規模は中の下ほどであったらしい。

201

年齢・容姿:どちらも記されていない。
生国:越中(えっちゅう)国射水郡(いみずこうり)氷見町(現・冨山県氷見市)。
地縁を最優先して考察した。伏木のすぐ北が氷見である。氷見はかつて蝦夷防備のための烽火(のろし)を監視するために火見と書いたと。
『旧高旧領』は甲斐国八代郡、飛騨国吉城郡、上総国望陀郡、武蔵国比企郡などの「中尾」もあげている。

探索の発端:[浅草・御厩河岸]は、〔海老坂〕の与兵衛と密偵・豆岩の物語で、〔中尾〕の治兵衛の探索ものではないから、記されていない。
卯三郎が独立した、との記述があるから、親分子分の縁も早ばやと切れたものと類推する。

結末:記述がない。

つぶやき:ほんの2,3行しか触れられていない〔中尾(なかお)〕の治兵衛を採りあげたのは、盗人仲間の地縁の強さ---というより、池波さんの地縁に対する考え方を見るためである。

この篇は、『オール讀物』1967年12月号に独立短篇として発表され、鬼平シリーズ連載の実現のきっかけとなった。。
この年、池波さんは、同誌へ4篇、寄稿している---というか、大衆小説の檜舞台であるこの雑誌から執筆依頼を受けた、といったほうが正しかろうか。
2月号 [正月四日の客]
4月号 [坊主雨]
9月号 [ごめんよ]
12月号 [浅草・御厩河岸]

[浅草・御厩河岸]を受けとりに行った、当時はまだかけだし編集者だった花田紀凱さんの思い出によると、池波さんが「長谷川平蔵というおもしろい男がいてね。人足寄場なんかを造ってね」とコナをかけたという。
コナをかけた、というのは、その4年ほど前から、長谷川平蔵ものともいえる[江戸怪盗伝][白浪看板]を発表して、長谷川平蔵に意を寄せていることを暗示したが、どの編集部からも名ざしの依頼が来なかったのにシビレをきらした果ての謎かけと見られるからである。

社へ戻った花田編集部員が、杉村友一編集長へ池波さんの言葉を報告するや、ただちに「その、火盗改メの長官・長谷川平蔵もの」での連載が依頼された。
池波さんは、(待ってました)とばかりに、まさに間髪をいれずに、なんと、新年号からの連載を提案したのである。それが[唖の十蔵]。

そして、シリーズ・タイトル案がいろいろ出されたが、最終的に、誰かが4年前に出た岩波新書の長崎奉行所の記録---『犯科帳』をおもいだして提案し、『鬼平犯科帳』と決まった。


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2005.03.19

〔鹿熊(かくま)〕の音蔵

『鬼平犯科帳』文庫巻12に収録の[いろおとこ]で、火盗改メ方の同心・寺田又太郎と女賊おせつを殺害させた盗人の首領。江戸での盗人宿のひとつが品川宿2丁目の質屋・栄左衛門の店。血を見なくてはおさまらない荒っぽい盗みをするが、流れづとめを使わないので火盗改メも手がかりがつかめなかった。
(参照: 女賊おせつの項)

212

年齢・容姿:どちらも書かれていない。もっとも、居酒屋〔山市〕の亭主・市兵衛の供述で人相書がつくられたが、その詳細はつたえられていない。
生国:越中(えっちゅう)国新川郡(しんかわごおり)松倉村鹿熊(現・冨山県魚津市鹿熊)。
1005
明治20年ごろの松倉村

探索の発端:探索中に〔鹿熊(かぐま)〕の音蔵に中目黒の雑木林へ誘いこまれて殺害された兄・又太郎の仇をうちたいと、手がかりを求めていた同心・寺田金三郎が、非番の夜、〔五鉄〕で好きでもない酒を飲んでいたので、〔相模〕の彦十が尾行してみると、四ツ目の居酒屋〔山市〕へ入った。
(参照: 〔山市〕の市兵衛の項)
去りかけた金三郎は斬りつけられ、屋内では女の悲鳴が---。彦十が入ってみると、24,5歳の女が胸を一突きされて倒れていた。金三郎が「おせつ!」と呼んだ。
〔山市〕の亭主・市兵衛の自白で、躰の関係ができた金三郎のために、〔鹿熊〕の消息をさぐっていたおせつは、配下の〔松倉〕の清吉に刺された。

結末: 〔鹿熊〕の音蔵ほか8名は、品川の質屋・栄左衛門方を包囲した火盗改メに逮捕されたが、残る一味は逃亡。9名は死罪のはず。

つぶやき:〔鹿熊〕の音蔵の生国については、別に、『堀部安兵衛』執筆のために、池波さんが仔細に取材した新発田市に近い、越後(えちご)国蒲原郡(かんばらごおり)鹿熊(かぐま)村(現・新潟県南蒲原郡下田村鹿熊)の線もないではない。
しかし、女賊おせつが属していた〔舟見(ふなみ)〕の長兵衛が越中国新川郡舟見村の出であること、また、おせつを刺した〔松倉〕の清吉が「鹿熊」をも束ねる「松倉村」の出であることを考慮に入れ、越中説を採った。
(参照: 〔舟見〕の長兵衛の項)

池波さんは〔鹿熊(かぐま)〕と、にごらせてルビをふっているが、魚津市の「鹿熊」も新潟県の「鹿熊」も(かくま)なので、「呼び名(通り名)」もそれにならった。

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2005.03.07

〔舟見(ふなみ)の長兵衛

『鬼平犯科帳』文庫巻12に収録されている[いろおとこ]に、女賊おせつのお頭として名前を見せる盗賊。
(参照: 女賊おせつの項)

212

年齢・容姿:いずれも記載されていない。
生国:越中(えっちゅう)国下新川郡(しもにいかわごおり)舟見(ふなみ)村(現・冨山県下新川郡入善(にゅうぜん)町舟見)
1005
明治20年ごろの舟見

探索の発端:火盗改メ方・長谷川組(先手弓第2組)の同心・寺田又太郎が使っている密偵・〔堀切(ほりきり)の彦六が、かつて〔神子沢(かみこざわ)〕の留五郎一味で盗業についていたとき、引きこみ役にまだ小娘だったおせつがいた。
そのおせつが、茅場町薬師前の薬種問屋〔中村屋〕に引きこみとして入りこんでいるのを、いまは密偵として働いている彦六に見つけられたために、〔舟見〕一味の全貌を吐く始末となった。

結末:〔舟見〕一味19名は一網打尽に捕らえれたが、その中におせつは入っていなかった。
おせつが生き残ったことで、寺田又太郎が〔鹿熊(かぐま)の音蔵一味に刺殺され、弟の寺田金三郎までが命を狙われる次第となったが、これは別の物語である。

つぶやき:おせつと、男と女の深みにはまった寺田兄弟のことは笑えない。この深みは、男の側ばかりでなく、女の躰のまわりにもぽっかりと口をあけている。
深みは、おせつの気立てのやさしさやたよりなげな風情といった、外見のこととはまるで関係なく存在している。
それがわかっていて落ちるから、人生はままならないのだし、物語はいくつもいくつもつむぎだされる。大げさにいうと、男女の数ほど、ともいえようか。
[いろおとこ]の一篇は、シリーズの中でも[唖の十蔵][あばたの新助][消えた男][おしま金三郎]と同巧の、同心が女賊との深みにはまり、男が自分の職務を一瞬、見忘れて人生の別の道をあゆむ物語。

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2005.02.01

〔豆岩(まめいわ)〕の岩五郎

『鬼平犯科帳』文庫巻1に収録されている[浅草・御厩河岸]で居酒屋〔豆岩〕をやりながら、筆頭与力・佐嶋忠介の手のもの・密偵として働いてもいる。

201

年齢・容姿:35,6歳。5尺に足りないほどの矮躯。どんぐり眼。
生国:越中国射水郡(いみずごおり)伏木村(現・冨山県高岡市伏木)

探索の発端:岩五郎はいまは足を洗い、厩橋北詰の三好町で、品川の宿場女郎あがりの女房お勝(41歳)とともに小さな居酒屋〔豆岩〕を、隣の葭簀ばりの小店では草鞋や大福餅などを売りながら、火盗改メの密偵となっている。

52
御厩河岸の渡し(『江戸名所図会』 塗り絵師:西尾 忠久)


その岩五郎へ、お盗めを助(す)けないかといってきたのは、近くの淨念寺で寺男として身を隠している彦蔵であった。親分は〔海老坂〕の与兵衛であるという。海老坂は岩五郎の故郷・伏木からほんの目と鼻の先だし、いまは中風で寝ている父親の卯三郎(76歳)など、「一生に一度でもいいから、〔海老坂〕のお頭の下でお盗みがしてみたかった」が口ぐせである。

面接した岩五郎も、〔海老坂〕の与兵衛の人物の大きさに参ってしまい、密偵としての役目を忘れそうなったほどである。
というのも、父親の卯三郎とともに岩五郎が一味として働いていたのは、甲州・石和が本拠の鶍(いすか)の喜左衛門で、やはり、田舎盗人の格でしかなかったからである。

結末:岩五郎の密告で、〔海老坂〕の与兵衛は従容として縛についた。岩五郎夫婦と老父はいずこへか逃げた。

つぶやき:卯三郎が女房とまだ幼なかったせがれの岩五郎を高岡の町中に住まわせ、自分は薬の行商にまわりながら、上方一帯から近江へかけてお盗めをしていた〔中尾〕の治兵衛一味に加わっていた。この〔中尾〕の出身は、いまは冨山県の氷見市に併合されている「中尾」であろうか。伏木とは海岸ぞいにつながっている。

いや、岩五郎に登場してもらったわけはというと、幼いときに身についた味覚はかわらないものだが、出生地の食べ物について述懐した盗人はほとんどいないのに、岩五郎は父尾がつくってくれた「しんこ泥鰌鍋」を語っているからである。

私事をつけくわえる。2年前、知友の仲立ちで、豪華客船〔飛鳥〕で、竹橋桟橋-神戸港-唐津-屋久島-釜山港-
伏木---)の6泊7日の船旅で、[鬼平犯科帳]船上スピーチをしたことがあった。伏木で下船したが、〔飛鳥〕はその後も、青森、仙台と巡った。
それで、伏木、高岡を体験できた。もちろん「しんこ泥鰌」は食べていない。が、海老坂」「氷見」が身近になった。現地はふんでみるにかぎる。
とはいえ、60代までのぼくは、目が海外に向いていて、138都市に宿泊。海外ミステリーを読むには土地勘が役だつが、捕物帳にはいささか。こんご、国内の旅をこころがけるつもりである。

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2004.12.29

〔布目(ぬのめ)〕の半太郎

『鬼平犯科帳』文庫巻14の[尻毛の長右衛門]配下の連絡(つなぎ)役。
本所吉田町2丁目の薬種問屋〔橋本屋〕へ引き込みに入っているおすみの恋人。
(参照: 〔尻毛〕の長右衛門の項)
(参照: 引き込み女おすみの項)
いまの住いは、本所四ツ目橋をわたった百姓・為七の物置小屋。

214

年齢28歳。
生国:越中(えっちゅう)国婦負郡(ねいごおり)布目(ぬのめ)村(現・冨山県冨山市布目)

探索の発端:薬種問屋〔橋本屋〕へ引き込みに入っていた19歳のおすみの母親お新も女賊だった。亭主が死んだあと、〔尻毛〕の長右衛門のものとなったが、おすみが12歳のときに病死してしまった。おすみはしばらく長右衛門に養われていたが、その後、みずからすすんで引き込みを買ってでた。

薬種問屋〔橋本屋〕へ入っても、金蔵の錠前の蝋型もとっているし、屋敷内の間取りから家族・奉公人のあれこれまでしっかりと調べ、それを〔布目〕の半太郎に伝えていたのはいいが、生娘の体を法恩寺裏の林で自分から誘いをかけて半太郎に与えていた。

そのおすみが、女密偵おまさに見つかった。
お新の亭主の市之助が亡父の忠助と親しかったので、母親そっくりのおすみをみて、見当をつけたのだ。

結末:おすみから半太郎、深川清澄町の霊雲門前に近い釣道具屋〔利根屋〕---〔尻毛〕一味の盗人宿---とたぐられて、〔蓑火〕ゆずりの本格派の長右衛門は、いさぎよくお縄をうけた。

つぶやき:一方の半太郎である。
父親〔布目〕の伊助ともども、本格派の大盗〔蓑火〕の喜之助の薫陶をうけてこの道をきわめていた。血をみるおつとめに嫌気がさして、こちらも、〔蓑火〕ゆずりの長右衛門一味を頼った。
それはよかったのだが、お頭が30余歳も年下のおすみを後添えにしたいといいだした。

いたたまれず、上州・妙義山の笠町で小さな旅籠〔駒屋〕をやっている万吉をたよって江戸を出ようとして、両国橋の上で、薩摩藩士ともめごとをおこして惨殺された。

本格派が滅びつつあった時代の一つの象徴のような末路といえようか。
(参照: 〔蓑火(みのひ)〕の喜之助 の項)
(参照:〔尻毛〕の長右衛門の右腕 〔藤坂(ふじさか)〕の重兵衛 の項)

ついでにひと言。布目村は沼地の多い草付の地であったが、寛永(1624-43)のころ、牛ケ首用水の開削で新田がつくられた。用水の名前のゆえんは、工事の着工にあたり牛の首をささげて無事を祈念したことによるという。

参考:布目は、富山市のほか、新湊市、上新川郡大山町と、福井県坂井郡に2件、新潟県西と北の蒲原郡に2件、山形県の鶴岡市と酒田市に各1件。冨山市布目ときめていいか決断を要するところだが、冨山市の観光課からいち早くデータがとどいたので、同市の観光資源になればと。

同市布目のURLは、
http://www.fitweb.or.jp/~nunome/

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2004.12.23

〔海老坂(えびさか)の与兵衛

『鬼平犯科帳』文庫巻1の[浅草御厩河岸]に登場する本格派のお頭。

201

年齢・容姿:50がらみ。でっぷりと肥えている。
生国:大坂。ただし、出自は「通り名」にしている越中(えっちゅう)国射水郡(いみずこおり)海老坂村(冨山県高岡市の海老坂)
1351
高岡市から万葉ラインに海老坂(高岡市のリーフより)

探索の発端:「御厩の渡し」のある三好町で小さな居酒屋をやっている豆岩を訪ねてたきた老爺が、かつてのよしみだからといって、巨盗の名門〔海老坂〕の与兵衛のつとめを手伝わないかと誘った。
老爺は、福富町の浄念寺の寺男となって身を隠している彦蔵であった。

いまは火盗改メの密偵(いぬ)である豆岩としては、願ってもない探索の手ずる---と肯首はしたものの、三代もつづいて首領をやっている〔海老坂〕の与兵衛に会うと、その貫禄と信頼感にたちまち魅了されてしまい、密告(ち)くるどころではなくなった。

結末:けっきょく豆岩は、長谷川組に借りだされた与力・佐嶋忠介へあてた手紙を残し、一家で夜逃げ。〔海老坂〕与兵衛一味は、豆岩の密告文によって逮捕された。
処刑のことは書かれてはいないが、これまで盗んだ金額が金額だから、全員死罪になったろう。10両盗めば打ち首という時代であった。

つぶやき:〔海老坂〕の与兵衛は、『鬼平犯科帳』に登場する、数少ない本格派盗賊の一人である。『鬼平犯科帳』は、本格派盗賊への挽歌ともいえる小説なのだ。
と同時に、『オール讀物』1967年12月号に単独短篇として掲載されたこの篇が呼び水となって、翌新年号からシリーズ『鬼平犯科帳』の連載が始まったのだから、記念すべき好篇でもある。
豪華客船〔飛鳥〕の船客となって、東京港から神戸、唐津、屋久島、釜山を遊覧、冨山県の伏木港で下船したことがある。海老坂は伏木のすぐ西、高岡から氷見(ひみ)への中間にある。

もっとも、〔海老坂〕一家は、越中から出で、大坂に居をかまえていたのだが。


朝日CC[鬼平]クラス 河内三郎さんのリポート

海老坂村(現:高岡市 東、西 海老坂)富山平野、庄内の西側で、伏木港と守山町の中間の丘陵部、高岡市では西北部、小矢部川左岸より二上丘陵地帯にかけてひろがる地域です。
北にあたる氷見方面へ向かう海老坂峠は難所として知られています。
海老坂村は、近世初頭、東海老坂村と西海老坂村に分村、明治22年(1889)に射水郡守山村、須田村、五十里村、東海老坂村、西海老坂村が合併して守山村となり、昭和17年(1942)年に高岡市へ編入。
土地の大半を山林が占め、田畑は全体の3割程度。農林業が主体で、明治初頭には養蚕業が盛んになりました。
地勢としては、関西圏、京・大坂の文化圏です。
〔海老坂〕の与兵衛
・盗賊の首領で50歳前後。文中に「越中の生まれ」とあり、〔海老坂〕の通り名から、射水郡海老坂村の出身とかんがえられます。
・盗賊の家系で、3代目といいますから、盗賊界の名門の出ですね。
・大盗賊の理想をつらぬき通した人物で、真の盗賊の3ヵ条を金科玉条として守りました。
・部下思いで、計画はまことに綿密で、実行者(配下)もその妙味にほれこむほどでした。
・度量は大きく金払いがよいので、配下に慕われました。
・一度引退して足を洗ったにもかかわらず、余生を送るための金のため、改めての計画で失敗します。
私の評価・しょせん、現場の職長クラスかな、と。
・配下を信頼するあまり、部下も自分を信頼としているのはどんなものでしょう?
・過去の実績に自分自身が酔い、老齢になっていることを忘れたようですね。
・過去のお勤めの中心は関西だったはずで、関東(江戸)とは縁が少なく、情報も多くはなかった点についての評価はどんなものでしょう?

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