カテゴリー「111千葉県 」の記事

2009.06.28

〔神崎(かんざき)〕の伊之松(4)

20年前、お(のぶ 20歳=当時)が、〔神崎(かんざき)〕の伊之松(いのまつ 40歳=当時)にひろわれたと言ったので、銕三郎(てつさぶろう 26歳)はなん気もなく、
「すぐにできたか?」
と訊いてくまった。

ところが、おは、
「いいえ。お頭は、そういうお人ではありませんでした」
即座に否定した。

(はて。聞いたような科白(せりふ)だが、だれからであったか?)
すぐに思い出した。
(〔盗人酒屋〕の亭主・〔たずがね)〕の忠助(ちゅうすけ)どんだった)

(あのとき、忠助どんはこう言った)
っつぁん。お頭の中には、ご存じの〔法楽寺ほうらくじ)の直右衛門(なおえもん 42歳)お頭のように、配下のおなごの躰を熟させて、おもうように操るお人も少なくはありません。しかし、〔狐火きつねび)〕のお頭と〔蓑火みのひ)〕のお頭、それに〔乙畑おつばた)のお頭は、それをなさらないということで、仲間内でとおっております」

参照】2008年10月28日[うさぎ人(にん)・小浪] (

(〔蓑火〕と〔狐火〕と〔乙畑〕の3人の首領に、〔神崎〕の伊之松も加えるか)

「〔神崎〕の教えで、いちばん、納得したことは?」
「世の中は盗人だらけだ。その中でも、もっとも大きい泥棒がお上だぁな。百姓から有無をいわせねえでふんだくっていきなさる。諸国の大名・小名さまもお上の真似ていなにさる。つぎに悪ィのか大商人(あきんど)だ。蔵にたんまり小判を貯めているのがなによりの証拠だぁな。まじめにはたらいていた日にゃあ、あんなに貯まりはしねえ。だから、おれたちがくすねて、平均(なら)しとるのよ。だがね、慾をかきすぎてはいけねえ。ほどほどに押さえておくのが長生きのコツってえものよ--でした」
「たいした道学者どのだな、伊之松って仁は---」
「いいえ。違います」
「ほう?」

それを、〔神崎〕のお頭のひがみからでたかんがえ方だと、この春の小梅村の足袋問屋〔加賀屋〕に押し入ったときのやり方でさとったと、おは断言した。

その半年前から女中として引きこみに入っていたおは、仙吉という小僧にしたわれていた。
仙吉は、砂村の小作人のせがれだが、母親を亡くし、口べらしのために〔加賀屋〕で働いていた。
陰日なたなく、こまごまとよく働いていた。
も、上総の不入斗(いりやまず)村の実家の末のおとうとに似た仙吉をかわいがった。

押しいりの日、おが連絡(つなぎ)で命じられたとおりに表の潜り戸の桟をはずし、一味を引きいれた。
それを起きぬけてきていた仙吉にみられた。

「姐(あね)さん。いけないよ」
仙吉がむしゃぶりついた。
と、伊之松仙吉を殴り倒し、刀で刺そうとしたので、
「お頭、やめてください」
「でも、お前が見られた」
「いいえ。この小子はしゃべりません」

さすがに、これまで、血を流したことのない〔神崎〕の伊之松は思いとどまってくれた。
が、それから、おは、伊之松の言い分を、盗人の三分の理と疑うようになり、泥棒は自分勝手な振るまいだときめつけることができたという。

「自首したのは、そのためだったのか」
「はい」

「おどのは、博徒をどうみる?」
喉まで出かかった言葉を、銕三郎は、あやうく胃袋に落としこんだ。
よけいな知恵をつけないほうが、おが自然にふるまえると思ったのである。


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2009.06.27

〔神崎(かんざき)〕の伊之松(3)

その夜---。

御厩(おうまや)河岸の渡しが途絶えた時刻に、銕三郎(てつさぶろう 26歳)は、茶店〔小浪〕の戸締りされている潜り戸をしめやかにたたいた。

すぐに戸があけられ、お(のぶ 30歳)は口をきかず、目で招じた。
(さすがに、鍛えられた女賊(おんなぞく)あがりだ)
銕三郎は、さぐるともなく、無駄のないおの身のこなしを採点している。

行灯が一つだけともっている飯台に、燗をしたちろりと板わさを運び、向かい合わせに坐った。
「仕舞い舟まで、お客がたてこんだもので、買い物にも行けませんで、なんにもありませんが---」
酌をしてから、自分の盃も満たした。

「おどの。内山(左内 さない 46歳)次席与力が、この茶店を購(あがなう)うにあたり、そなたの金をあてることをことわり、火盗改メがすべて支払った理由(わけ)を話したかな?」
「いいえ。この茶店は、火盗改メがずっと使いたいからとだけ---」
長谷川組は、冬場の助役(すけやく)だから、来春になれば役を解かれる。そうなると、この店の後ろ盾は、きょうの昼間に引きあわせた田口同心の組---本役の中野監物清方(きよかた 49歳 300俵)どのの組に引きつがれるはず。そうやって、代々の火盗改メがここを密偵の隠れ蓑として使っていくということです。もちろん、おどのが、女将ぐらしにはもう飽きたというまで、ここの女将でいられることは変わりはない」
「ありがたいことです」

「これからの話は、これとは別のことだが---」
「はい」
「客のなかに、前の女将はどうした? と訊くのがでてこよう。そのときに、いま、鬼怒川の湯につかりに行っているが、5日後には戻ってくるはずと答えてほしい。そう訊いた客がいたかどうかは、彦十(ひこじゅう 36歳)に、毎夕、閉店前に店をのぞきにこさせるから、そう訊いた客がきた日には、茶でなく、酒を注いだ茶碗をだしてやってほしい」
「こころえました」
は、訳も聞かなかないで、うなずいた。
(しっかりと鍛えられている)
銕三郎は、30歳にしては肌がすこし荒れぎみのおは、頼りになる密偵だと見てとり、ここまで鍛えた〔神崎(かんざき)〕伊之松(いのまつ)という首領に興味をそそられた。

「おどの。さらにこれからのことは、拙自身のひとり言とおもい、応えたくなかったら、応えなくていい」
が姿勢をただした。

「お信どのは、〔不入斗(いりやまず)〕という〔通り名(呼び名)ともいう)女盗(にょとう)であったそうな」
「はい」
「〔不入斗(いりやまず)〕というのは、生まれ育った村の名だそうな」
「はい」
「18の齢までその村で育ち、なぜ、村を出た?」
「------」

「男に捨てられたか?」
「村長(むらおさ)の3男でした」
「やはりな。そなたのその美形を、若い男ばかりか、女房持ちでもその気のある男たちはほおっておけまい」
「------」

「〔神崎〕の伊之松お頭には、どこで拾われた?」
「木更津で、飲み屋の酌とりをしておりしたときに---」
伊之松は幾つだった?」
「40がらみ」
「おどのは?」
「20(はたち)」
「すぐにできたか?」
「いいえ。お頭は、そういうお人ではありません」
(はて。聞いたような科白(せりふ)だが、だれからであったか?)


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2009.06.26

〔神崎(かんざき)〕の伊之松(2)

_120
「お(のぶ)どの。長谷川銕三郎(てつさぶろう)です」
(30歳)にしては、肌に疲れがにじんでいたが、顔立ちはよく、小浪(こなみ 32歳)よりも親しみやすい雰囲気をもっている。(国芳 お信のイメージ)
(これだと、さっそくにも、贔屓客がつくだろう)

「おと申します。このたびは、お頭(かしら)さまにたいそうになおこころづかいをいただきました」
「お引きあわせしておこう。こちらは、田口どの」
田口耕三(こうぞう 30歳)が、気持ち、会釈を返した。
銕三郎は、客の手前、田口の身分を「同心」とは明かさなかったが、おは、さすがに元女賊だけあって、とっさに察したようであった。

うながすと、奥の座敷口までついてきた。、
を奥へ立たせ、銕三郎が口の動きをかくすように客席へ背をむけ、ささやき声で、
「このあたりが持ち場の火盗改メは、中野組で、田口どのはそちらの組のご
同心。そのつもりでお付き合いなされ」
長谷川さまのお受け持ちは?」
〔冬場の助役(すけやく)だから、日本橋川から南です。しかし、困ったことがあったら、いつにても力になるから、使いを、南本所の役宅へよこすこと」
「そういたさせていただきますです」

「上総(かずさ)の不入斗(いりやまず)の生まれだそうですな」
「はい。18まで、村にいました」
「その話は、店がしまってから聞くことにして---仕事にもどりなされ---」

席料を2人分払い、店を出ると、田口同心が訊いた。
「あれで、30幾つですかな?」
「幾つと見ましたか?」
「33,4---いや、もう一つはいっているかな」

銕三郎が齢を告げると、
「けっ。若くつくるおんなは多いが、老けづくりするのは珍しい」

駒形堂まであるいて、蕎麦屋へはいった。
「じつは、村越増次郎 ますじろう 50歳)どのをとおして、中野(監物 けんもつ 59歳)組頭さまへお願いにあがらなければならないことがあるのです」
村越j益次郎は、中野組の筆頭与力である。

「どのようなことでござるかな?」
「さっきの茶店〔小浪〕のことです」
「おの?」
「いや。おの前の女将にかかわることで---」
蕎麦がきたので、しばらくは会話をやめてたぐることに専念した。

蕎麦湯を飲みながら、
「近く、うちの組の秋山善之進 ぜんんのしん 50歳)筆頭どのが、村越どのを訪ねて、お願いにあがるとお伝えください。それまでは、極秘の用件です」

その夜---。


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2009.06.25

〔神崎(かんざき)〕の伊之松

「〔不入斗(いりやまず)〕のお(のぶ 30歳)という女賊が、盗みがいやになったと自首してきたのです」
次席与力・内山左内(さない 40歳)の話したことを、かいつまんで書くとこうなる。

上総(かずさ)・下総(しもうさ)から武蔵へかけて、小ぎれいな盗(つとめ)をする神崎(かんざき)〕の伊之松(いのまつ 50歳)を首領とする小さな組織(しくみ)がある。

ちゅうすけ注】〔神崎〕の伊之松については、『鬼平犯科帳』巻10の[(かわず)の長助]の元のお頭(かしら)で、長助が引退するときにも、50両(90万円)を引退(ひき)祝いとしてくれたとある。p61 新装版p65

「通り名」からも察しがつくとおり、伊之松もおも上総国市原郡(いちはらこうり)の村の生まれである。
どちらの村も、千葉県市原市の町名として名をとどめている。
同じ郡の出ということで、おの引退の申し出を、伊之松は慰留しなかったばかりか、これらの生計(たつき)の元手にと、30両(約50万円)もくれたという。
火盗改メとしては、身の隠しどころとともに、生計がたつようにはかってやる義理が生じた。

「父上。長谷川組の受け持っている区域でないといけませんぬか?」
長谷川組---すなわち、先手・弓の8番手の火盗改メは、冬場の加役だから日本橋川から南---日本橋通り、銀座、芝、高輪、麹町などが持ち場である。

「密偵ばたらきをさせるには、わが持ち場でないところに網を張ったほうが、万事によいかもしれないな」
宣雄(のぶお 53歳)の応えiに、主席与力・秋山善之進(ぜんのしん 50歳)がうなずく。、

それなら、と---御厩河岸の舟着き前の茶店〔小浪〕なら、買えるかも---銕三郎(てつさぶろう 26歳)が説明した。

「いいお話ですな。さっそくにも、その女将の小浪(こなみ 32歳)とかけあいをはじめてみます」
内山次席が膝をのりだした。

「ただ一つ、障りがあります」

ある組織が、女将の小浪を攫(さら)うために夜討ちをけてくるやもしれません。その夜には、火盗改メが待ち伏せし、襲ってきた者たちの捕り物となります」
「その夜が、あらかじめ、分明するのか?」
「はい」
「面妖なことよのう。ま、その茶店を手に入れてからのことだ」

今助(いますけ 24歳)は、銕三郎が噛んでいる取引きなら、茶店は半値でいいと言った。

寝所を〔銀波楼〕へ移した小浪は、わざわざ、小島町裏長屋のお品(しな 23歳)のところへ髪結いにかよい、〔衣板(きぬた)〕の宇兵衛(うへえ 45歳)の動きをそれとなしに聞きだしている。

宇兵衛は、今助の〔木賊(とくさ)〕の襲名披露の宴会で、仮親をつとめた〔音羽(おとわ)〕の重右衛門(じゅうえもん 40歳)が親ゆずりの貫禄をきかせ、
「村方の博徒ではあるまいし、いまどき、将軍さまのお膝下で島あらそいの騒ぎおこしたりしないよう、香具師の元締衆がこうしてお集まりになったところで、誓いをたてやしょう」
しかし、〔衣板〕の宇兵衛だけは煙草をきせるにつめるふりをして下をむいていたという。

もちろん、小浪は、茶店をやっているように装い、帰りも、〔木賊〕組の若い者(の)に尾行されていないかどうかを、たしかめさせていた。

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2009.06.13

(白駒(しろこま)}の幸吉(2)

「若さま。申しわけもございません」
土下座して謝っているのは、下僕の〔からす山〕の松造(まつぞう 20歳)である。

「もう、いいから、立て。お主の手落ちではない。向こうのほうが一枚上手(うわて)だっただけのことだ」
銕三郎(てつさぶろう 26歳)は、なぐめるように松造の脇の下に手をいれて、引きあげた。
その手を両手でつかんだ松造が、拝むように胸の前にささげた。

昨夜、〔五鉄〕の前で不審な挙動をしていた男を、二ノ橋北詰の辻番所へ預けた。
この朝五っ半、二ノ橋下から舟で竪川(たてかわ)から大川、そして神田川を遡行して、神田橋ご門外の火盗改メ役宅・中野監物清方(きよかた 49歳 300俵)方へ連行、訊問することになっていた。

二ノ橋ぎわ、〔五鉄〕の向かいの辻番所は、あたりの軽輩の御家人とともに建てたものだが、鈴木兵庫直美(なおみ 8歳 2400石)方が、諸がかりのほとんどを負担していた。
ただ、当主が幼く、出仕もしていないために、番人たちも気がゆるみががちであったろう。

ちゅうすけ注】この鈴木家の当主はも四郎左衛門を名乗る仁が多い。『鬼平犯科帳』文庫巻9、寛政6年(1794)2月の事件である[浅草・鳥越橋]p205 新装版p214で、鬼平組が捕えた賊・〔三好屋幸吉---すなわち20年後の〔白駒〕の幸吉の仮名---を預けたときも、鈴木四郎左衛門と書かれている。
池波さんは、幕末近くの切絵頭によつたのであろうが、鬼平の時の直美は31歳の成人で、小姓組に出仕していた。

銕三郎は、鈴木家の先代・四郎左衛門直賢(なおかた)が6年の前に37歳で病没、当主はまだ少年で、家政がゆるんでいようから、連行にはくれぐれも注意を怠るな、と松造に念をいれることをしなかった自分の手ぬかりを責めていた。

男は、二ノ橋下で小舟に乗りうつろうとしたとき、向こう岸の林町1丁目の家の裏から放たれた矢を胸にうけたのである。
松造と付きそいの番人が、いそいで林町に駆けつけたときには、犯人はとうに逃げ、半弓だけが放置されていたという。

けっきょく、松造たちが中野組にとどけたのは、男の屍体であった。

銕三郎は、男が殺されたことを、日本橋3丁目箔屋町の白粉屋〔野田屋〕のお(かつ 30歳)に知らせに行ってみたが、おは昨夜から帰ってきておらず、荷物も金目のものはすっかり消えて、当主。由兵衛はがっくりで、まともに話ができない体(てい)であった。

その足で、神田橋ご門外の中野組の役宅へまわり、主席与力・村越増次郎(ますじろう 50歳)にあいさつをしたが、男は、身元を語るようにものは何ひとつ身につけていなかったことを知らされただであった。
ただ、着ている着物が粗末なのにかかわらず、銭袋だけは似合わない筋のとおったものをもっていたから、小間物屋あたりに奉公していたのではないかと、村越与力が推量していた。
さすがに伊達に与力をしていないと、銕三郎は舌をまいた。

小間屋といえば、深川の洲崎弁天社の脇で〔白駒(しろこま)〕の幸吉(こうきち)が開いていたのも、小間物屋であった。
そのことを告げてやりたいお(りょう 32歳)に連絡(つなぎ)をつける手立ては切れた。

白駒〕の幸吉とすれば、生まれ故郷の上総国周准郡(すえこおり)白駒村(現・千葉県君津市白駒)を探索したおの身辺を、逆にさぐらせたのかもしれない。

銕三郎は、〔白駒〕の幸吉と名乗る、小賢(さかし)げな賊の名を脳裏にきざみこむとともに、おと会えなくなったことに、夢が消えたようなおもいをかみしめていた。
孫子』の話し相手を失った悲しみだと、自分には言い訳をしていたのだが---。

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2009.06.12

〔〔白駒)〕の幸吉

「こいつでやす」
彦十(ひこじゅう 36歳)が、店の常連の客3人に手伝ってもらい、鼻血をだした男を、〔五鉄〕の店前の天水桶に押しつけていた。

銕三郎が、太刀の鞘尻を男の鳩尾(みぞおち)にあて、
「逃げようと動いたら、衝く」
そうおどすと、観念したように、身もだえをしなくなった。

松造(まつぞう 20歳)に、
(さん)どのに、縄をもらってこい」
三次郎(さんじろう 22歳)が縄をもって、
「何者ですか?」
手助けした客たちも、離れずに成りゆきを見物している。

銕三郎が太刀の柄(つか)の頭をほんと叩くと、男は、
「げっ」
崩れおちた。
松造。縛っておけ」
松造が、男のふところから白木鞘の匕首(あいくち)を抜きとって渡したのを、銕三郎は竪川へ無造作に投げすてる。
水音が、いやに大きく聞こえた。
「明日は雨だな」

〔五鉄〕と相生町5丁目の通りをはさんた向かいにある辻番所へのあいさつに、三次郎に行ってもらった。
そういうことは、町屋と武家地との違いはあるとはいえ、同じ町内同士、とりわけ、〔五鉄〕がときどき軍鶏どんぶりを差し入れているあいだがらなので、話は早い、一晩、預かってくれることになった。

番小屋の隅の柱にくくりつけてから、明かりにてらされた男をあらためて観ると、まだ、20前の男であった。
銕三郎は、なぜだか、この春、安房国朝夷郡(あさいごおり)江見村で聞き取りをした吾平(ごへい 18歳)をおもいだした。
吾平は、村人に追い詰められて自裁した。
いかにも下作人の家の生まれといった朴訥なくせに気をゆるせないものがまざっている風貌が、吾平と共通していた。

「だれに頼まれたか、訊いても応えまい。明日、火盗改メの役宅で、拷問にかけて、吐かせるしかないだろう」
銕三郎が、わざと男の耳にはいるように番人に言い、
どのに、喉湿めらせをとどけさせます。今夜一晩、よろしくお頼み申す」

竹造にも、
「手助けしてくださった衆に、一杯さしあげてくれ」
そう言いおき、入れこみの奥の階段をあがっていった。

襖をあける前に、
「拙です」
声をかけた。
あけると、お(りょう 32歳)がとびついた。
銕三郎が、後ろ手に襖をしめるまも、口を吸い、躰の重みをあずける。

「大丈夫だ。向かいの辻番所へ預けた。送っていこうか」
松造さんがいるんでしょ?」
「先に帰す」
「いけません。奥方に知れます。私なら、大丈夫です。すぐ、近くですから---」

(誰がよこしたのですか?)
と訊きたいだろうに、必死にこらえている。
内心では、〔白駒(しろこま)〕の幸吉(こうきち 30歳前後)一味と察している。

「すべての訊問は、明日だ」
「はい。(てつ)さま、どうぞ、お先にお帰りください」
「うむ。あの男の素性を訊きだしたら、連絡(しらせ)は、どこに?」
「お(かつ 30歳)も、〔野田屋〕から消えますから、〔小浪〕へでも---」
「わかった。〔野田屋〕をあきらめたのだな?」
は返事をしなかった。

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2008.10.11

〔五井(ごい)〕の亀吉(2)

(〔五井ごい)の亀吉(かめきち 30がらみ)という男、なかなかに油断がならない)
銕三郎(てつさぶろう 23歳)は、人があふれている両国橋西詰の広小路から、柳原土手を神田川ぞいにあるきながら、先刻、亀吉が言ったことを反芻していた。

久栄(ひさえ 16歳)をどちらの密偵と見たのかと訊いたとき、「多分、火盗---」と言いかけた今助にかぶせて、
「わしらが、賭場へ行くものと見たのでしょうよ」
(うまく誤魔化した用慎ぶかさと手際のよさ---細面で小柄なところもふくめて、動物にたとえると、川獺かな)

銕三郎は、〔たずがね〕の忠助(ちゅうすけ 45歳前後)が、〔蓑火みのひ)〕の喜之助(きのすけ46歳)には、6尺(1.8m)近い大男の〔大滝(おおたき)〕の五郎蔵(ごろうぞう 29歳)という小頭と、〔五井〕の亀吉という2番手の小頭がいる---と言っていたことをおもいだした。

参照】2008年8月30日[〔蓑火(みのひ)」の喜之助 (2)

(大男と小男の2人の小頭---〔蓑火〕は、どう遣いわけているのかにも、興味がわいた。
それと、〔神畑(かばたけ)〕の田兵衛(でんべえ 40歳)と〔中畑(なかばたけ)〕のお(りょう 29歳)と呼ばれる2人の軍者(ぐんしゃ)。

そして、ふたたび、思案を〔五井〕の亀吉へもどし、
(アッ---)
と、、口の中でさけんだ。
亀吉に、こちらの姓をさらしたからには、これから、看視の目がそそがれると、観念すべきであろう。
ことの経緯を、久栄に告げるだけではすまなくなった。

和泉橋を北へわたったころには、陽はすでに落ちていた。
橋の北側、御徒町通り(和泉橋通りとも呼ばれる)に面した神田松永町で、蕎麦屋を見つけ、小僧に久栄あての文をことづけた。

まもなく、久栄が母親(30代なかば)をともなってあらわれた。
後添えとはいえ、55歳の大橋与惣兵衛親英(ちかふさ)とは、齢があまりにかけはなれすぎているように、銕三郎は感じたが、こだわらないことにして、あいさつを交わした。
とにかく、武家方のむすめが、暗くなってから、町屋の蕎麦屋で男にひとりで会うことはゆるされない。

母ごに丁寧にあやまってから、ことの次第を告げ、おまさ(12歳)への手習い師範をしばらく中止したほうが安全なこと、久栄自身の稽古のための外出もできたらひかえること、2人は当分会わないほうがいいことなどを話した。

「それでは、長谷川さまが、わが家へおあそびにいらしてくださいますか?」
「いいえ。拙には〔蓑火〕一味の看視がつくとかおもっておいたほうがよろしい。ですから、お屋敷を訪ねますと、久栄どのの正体があらわになってしまいます」
「なんだか、つまりませぬ」
母親が、たしなめた。

翌日の午後、銕三郎は、高杉道場からの帰り、〔盗人酒屋〕に忠助を訪ね、〔五井〕の亀吉に会ったことを告げた。
仕込みの手をやすめた忠助が、印象を訊いてきた。
「2番手の小頭をつとめるだけの才覚の主(ぬし)と見ました」
「才覚はともかく、人柄は?」
「目くばり手くばりに落ち度はない分、容赦しない気質かと」
「〔蓑火〕のお頭(かしら)の、汚れ役を一手に引きうけているという噂も耳にしました」
「汚れ役---をねえ」
銕三郎は合点がいった。

蓑火〕ほどの大きな組織になると、配下にもさまさまな経歴と考え方をする人間が集まっていよう。中には、ひと癖でおさまらず、ふた癖はおろか三癖もの持ち主もいよう。
その中には、一味の規律を守らない者もでてこよう。
始末は、きれいごとだけではすむまい。
汚れ役の出番はいくらもあろう。
(もし、あの者たちにとっておれが邪魔となれば、除かれよう。それが、久栄かもしれない)

「ところで、ご亭主。〔五井〕の亀吉と〔尻毛しっけ)」の長助(ちょうすけ)という、小頭の2番手、3番手が府内にあらわれたということは、ことが煮詰まってきているととっていいのかな?」
「香具師(やし)の元締の〔木賊(とくさ)〕の林造(りんぞう)と接しているところが気にいりやせんな。〔蓑火〕のお頭のやり口とおもえねえんでね」 
今助が言っていたとおり、博打あそびのつながり---?」
「〔蓑火〕ほどのとこの小頭ともなりゃあ、博打なんかにうつつをぬかしとるはずなんぞ、ありやせんですわい」


 


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2008.10.10

〔五井(ごい)〕の亀吉

「お武家さん。お帰(けえ)りになる前(めえ)に、ひとつだけ、お聞かせくだせえ」
五井ごい)〕の亀吉(かめきち 30前後)が、眉根を寄せて、訊いてきた。

(発覚(ばれ)たか。いよいよとなったらこやつを斬らねばなるまいが、そうなると、〔木賊(とぐさ)〕の林造(りんぞう 59歳)とのあいだがらがおかしくなる)

参照】2008年8月22日~〔木賊〕の林造 (A) (B) (C)

銕三郎(てつさぶろう 23歳 のちの平蔵)は、つとめて平静をよそおい、
「なんでしょう?」

長谷川さまとおっしゃいましたか?」
「さよう」
「間違っていたら、ご免こうむりやす。長谷川平蔵さまとおっしゃるお旗本は---?」
「拙の父だが---」
「やっぱり! 失礼いたしやした」
「父が、なにか---?」

亀吉がいうには、てめえは「呼び名(通り名)でお察しとおり、上総(かずさの)国市原郡(いちはらこおり)五井(現・千葉県市原市五井)の漁師の三男だが、女房・お衣知(いち 22歳)は、同じ上総でも山辺郡(やまのべこおり)片貝(かたかい 現・千葉県山武郡九十九里町片貝)の小百姓のむすめで、知行主が長谷川平蔵宣雄(のぶお 50歳)--すなわち、銕三郎の父だと。
長谷川家は、知行主としてはよくできており、もともとも幕府からの片貝の下賜地は180石であったが、村人とともに荒地を開墾して90石分ほど新田をふやし、2割にあたる18石分を村に渡したと。
村は、18石分のからあがりで、村の諸掛かりをまかかない、それぞれの農家の負担がその分助かっているとも。

「新田開発の指導は、父上がおやりになったもので---」
「そうだそうですね」
亀吉は、なにかをおもいだしたらしく、くっくくくと笑った。

「どうかしましたかな?」
銕三郎が、話の先をうながした。
「お殿さまにゃ、ないしょにしてくだせえよ。女房から聞いたのでやすが、じつは---」

_200海女(あま)をしていたお衣知叔母が、宣雄に惚れて、わりない仲になったのだと。(歌麿「海女たち」 イメージ)

「また、海女ですか---」

参照】2008年1月12日[与詩(よし)を迎えに] (23)

「おや、ほかにも?」
「いや。で、その海女は?」
「いまでは、15人の孫持ちだそうで---」
「はっ、ははは。父上のしっぽをつかみました」

「なんでも、もう一つの知行地---武射郡(むしゃこおり)の村長(むらおさ)のむすめもはらませたとか---」
「その村長のむすめが産んだ子が、拙です」
「や。これは、これは---」

小浪(こなみ 29歳)が横から笑いながら口をはさむ。
「そういたしますと、長谷川さまのお血筋は、おなごにお手がお早い---」
「女将さん。そうじゃあねえんで。うちの奴に言わせると、村のおんなたちが、むすめっこはおろか、年増たちもほっとかなかったんだと」
「こちらさまも、そうのようでございますね」
小浪は、流し目を銕三郎にくれた。
「村方での話ですよ。江戸のおんなは、しっかり者ばかり---」

銕三郎は、逃げるように、店を出た。
(しまった。亀吉の住まいを聞いておくんだった)
暮れるまでには、半刻(1時間)以上あった。

そのまま、店の前の御厩渡しの舟に乗った。
つづいて乗る者がいなかったので、対岸の石原町の舟着きでは、安心して両国橋へ直行し、和泉橋通りの大橋家へ向かったのである。

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2008.05.05

〔盗人酒屋〕の忠助(その7)

腰を折って、おまさ(10歳)の口へ近づけた銕三郎(てつさぶろう 20歳)の耳にささやかれたのは、
「明日も、お越しくださいますか?」
との問いかけであった。
銕三郎は、無意識のうちに、うなずいていた。
もちろん、この店の逸品料理である、あわびの大洗(だいせん)煮を明日は造る---と亭主・忠助(ちゅうすけ 40がらみ)が約したこともあったが、おまさの真剣な口ぶりに気おされたとぃったほうがあたっている。
10歳の少女とはおもえない、迫力であった。

店の前で〔風速(かざはや)〕の権七(ごんしち)と待っていた岸井左馬之助(さまのすけ 20歳)が、
「今宵は、ここで別かれよう。遅い帰りが多くて晩飯を欠かがちにしておるので、倉裡(くり)の大黒のご機嫌がよくないのだよ」

別れてからの銕三郎は、左馬の帰路をたしかめるのが怖くて、振り返らなかった。
左馬が右に押上(おしあげ)への道をとらないで、御旅(おたび)橋へ向かっているように思えたからである。
その先の清水裏町には、お(こん)たちの住む長屋がある。
先刻、〔盗人酒場〕で隣りあって小声で話していた時に打ち合わせができたかもしれない。

その胸の内を察したかのように、権七が、
岸井さまなら大丈夫です。長谷川さまが先ほどおっしゃった、『ふさ(18歳)どのに知れたら、嫌われるぞ』の一と突きがこたえていやすよ」
(そうだと、いいのだが---いや、そうであってほしい)

銕三郎は、14歳の時の芙沙(ふさ 25歳=当時)との一夜、18歳の時の阿記(あき 21歳=当時)との情事は棚にあげて、
左馬は、なにしろ、純情すぎるからな)
と、理にあわない、友情めかしたいいわけをこころの中でくりかえしていた。

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(歌麿『美人入浴』 お芙沙の入浴のイメージ)

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(英泉『玉の茎』部分 阿記との浴中イメージ)

若い時の激情は、友情をすら簡単に超えてしまうものなのに。
そう、若い男の激情に火をつけ、油をぶちかけるのが、女なのだ。

「あっしが心配(しんぺえ)しておりやすのは、岸井さまとお紺じゃねえんで---」
「ほかに、なにか?」
長谷川さまのことですよ」
「拙がなにか?」
「いえね。〔盗人酒場〕のおまさって娘(こ)が、長谷川さまにぞっこんのようなんで---」
「じ、冗談ではありませぬ。おまさどのは、まだ、10(とお)ですよ」
「女の10歳は、気持ちは、もう、りっぱに大人です。もっとも、惚れたとかはれたとかいうんじゃなく---慕わしく感じているってんでやしょうが---」
「いくらなんでも---」
「慕わしい、一刻でも長くそばにいてえ---ってえのが、いつしか惚れたに変わりやすんで。長谷川さまには、女にそう思わせるものがあるんでやすよ。ま、思い違いですめば、言うこたぁねえんですが---」

三ッ目之橋を南へわたると、長谷川邸はすぐであった。
「橋をわたってしまうと、旗本の屋敷ばかりで、あたりにはお茶を飲ませる店もないのですよ」
銕三郎が言うと、
「今夜は、これでお開きにしやしょう。じつをいうと、あっしもこのところ、お須賀(すが 27歳)の奴から嫌味をいわれておりやして。内緒(ないしょ)のを他につくったんじゃねえかって悋気(りんき)で---」
「それは、気の毒なことをしました。お須賀どのには、近く、改めて、お侘びします」
「いいんですよ。女の考えるこたあ、その程度の心配(しんぺえ)ですから---泰平楽ってもんでさあ」
「夜の〔盗人酒屋〕探索は、この先は、拙独りでなんとかなるでしょう。権七どのは、〔須賀〕の客の話にしばらく、耳を研(と)いでおいてください」

翌日---。

午前は、学而塾で竹中志斉(しさい)師の講義の最中に、居眠りをして叱責をうけた。

子曰く、憤(いきどお)らざれば啓せず、悱(ひ)せざれば発せず。一隅を挙げて、三隅を以って反(かえ)さざれば、復たせざるなり。
(情熱がないものは進歩しない。苦しんだあとでなければ上達がない。四隅の一つを数えたら、あとの三つを自分で試してみるくらいの人でなければ、教える値打ちのない人だ。 (宮崎市定『現代語訳 論語』(岩波現代文庫)より)

罰として、これを10回復唱させられた。
(剣術では、このとおりやっておる。捕盗も、そうだ)
銕三郎は、つくづく、自分は漢籍に向いていないとおもった。

午後は、高杉道場で、左馬之助と組太刀を10番こなした。
好きなものは、いくらやっても苦にならない。
もっとも、左馬之助のほうは、昨日の一と言がこたえたか、つねになく、執拗な剣を遣ってきた。

井戸端で汗を落としていると、左馬が、
ふさどのが、横川べりの木陰で涼んでいる」

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(春信『水辺の涼み』)

「自分で、声をかけたら---」
銕三郎はそっけなく、とりあわない。

とりあえず自宅へ戻り、夕刻が待たれる。
権七のあんな言い分を聞いてしまった故(せい)だ。今日にかぎって、太陽がゆっくりと移っておる)

夕方が来た。
母に断って、家を出る。
〔盗人酒場〕までは、いまの時計だと、20分とはかからない距離である。
三ッ目之橋をわたっている時、入江町の鐘楼が暮れ六ッ(6時)を告げる。
四ッ目之橋へは10分で着く。

店へ入ってみると、一つ飯台で、3人の男たちが額を寄せ合って話しあっていた。
忠助と、同じような年配だが細身の忠助とは反対にやや太りかけの男、それにもうすこし年配の男である。
こっちをじろりと見た太りかけは、眉の薄い、小鼻の張った男だった。

忠助が、とってつけたように、男たちを紹介した。
小太りがはじまっている男は、足利城下から、亡くなった万蔵さんのことで見えた、直兵衛と。
50がらみの白髪も少なくなっているほうは、嘉平と。
(それにしては、おどのがいないではないか)

長谷川銕三郎です」
長谷川? いま、火盗改メをなさっている長谷川さまは?」
「本家の大伯父です」
長谷川太郎兵衛正直(まさなお)のことを隠しておいて、あとで露見(バレ)るより、このほうが信用されよう)
とっさに、そう感じた。
その場では、直兵衛が〔法楽寺(ほうらくじ)〕の直右衛門(なおえもん)の変名、そしても嘉平が〔名草(なぐさ)〕の嘉平とは思いもしなかった。

参照】〔法楽寺(ほうらくじ)〕の直右衛門

長谷川さま。ごゆっくり」
男たちは出て行った。入れ替わりに、買いものを言いつかっていたらしいおまさが帰ってきて、銕三郎を見ると、ただでさえ黒々と大きい瞳をさらに大きく見開き、受け唇から、
長谷川さま。いらっしゃいました」
鼻のあたまに小さな汗が浮いている。急いで帰ってきたのであろう。

【参考】 [〔盗人酒場〕の忠助] (1) (2) (3) (4) (5) (6)


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2008.05.04

〔盗人酒屋〕の忠助(その6)

(こん 27歳)も、岸井左馬之助(さまのすけ 20歳)の隣にすわりこんで、さしつさされつ、小声でひそひそとつづけている。

銕三郎(てつさぶろう 20歳 のちの鬼平)は、〔風速(かざはや)〕の権七(ごんしち)に酌をしながら、おがいわゆる、女賊(おんなぞく)なのかそうではないのかを、推量していた。

これまで、男の盗賊には、小田原で会った〔荒神(こうじん)〕の助太郎(すけたろう 45歳?)と娘婿と称していた彦次(ひこじ 25,6歳)がいる。

参照】2007年7月14日~[〔荒神〕の助太郎] (1) (2) (3) (4) (5) (7) 
2007年12月28日[与詩を迎えに] (8)

それと、江ノ島で言葉を交わした〔窮奇(かまいたち)〕の弥兵衛

参照】2008年2月2日[与詩を迎えに] (39)

3人に共通するものを見つけるとすれば、人なつっこさと、話し上手だろうか。

〔盗人酒場〕を仲介にして出会ったのは、目の前にいるおの亭主で、言葉を交わすこともなく卒中で逝ってしまった〔助戸(すけど)〕の万蔵(まんぞう 35歳)と、夜道をほんの6丁ほどをいっしょに歩いた〔樺崎(かばさき 35,6歳)〕の繁三(しげぞう)と、その下働きらしい七五三吉(しめきち)とかいう20歳前とおぼしいの、それと、おまさの父親の忠助(ちゅうすけ 40がらみ)---〔荒神〕や〔窮奇〕とは反対に、そろって口が重い。
---ということは、盗賊だからといって共通点はなく、人それぞれということなんであろう。

(まあ、深く立ち入ってみれば、盗みの道へ入った動機や経緯には似たところがあるかもしれないが---)

おまさは、いくつもない飯台をととのえたり、表の看板行灯に灯をいれたりと、せわしなく働いている。
ひとり、放っておかれていたおみねが、お手玉にも飽きたらしく、ぐずり始めた。
が、左馬之助に断り、銕三郎へもあいさつをし、手をつないで帰って行く。

っつぁん。おさんが、ご亭主の骨を、足利(あしかが)在へ埋めに行くらしい」
左馬さんもいっしょに行くのか?」
「考えておく、と言っておいたんだが---」
「桜屋敷のふさ(18歳)どのに知れたら、嫌われるぞ」

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(春信 ふさのイメージ)

「おふささんて、岸井さまのいい女(ひと)なんですか?」
おまさが、耳ざとく、ませた口をはさんできた。
「いまはまだ、片思いですがね。いずれ、そうなるでしょう」
銕三郎が冷やかすと、左馬がまごまごして、
「いまは、剣の道をみがくのに精いっぱいで---」
岸井さま。足利は遠いですよ。江戸から20里。おみねさん連れだと、1日5里と見ても、行きに4泊---雨でも降った日にゃあ、5泊6泊になるかも」
権七もからかう。
「変な話。いやらしいったらありゃしない」
おまさが、いっぱしのむすめのような口調で言い、つんとして調理場へ消える。

忠助が、燗のできたちろりを黙って飯台に置いた。
そのまま横に立って目を伏せていたが、やがて、すぅーと板場へ引っこんだ。
銕三郎は、それで、あの晩、おの台詞(せりふ)を思いだした。

(「甘いものに、まるで敵(かたき)みたいに目がない亭主(ひと)だった---そのうえに、お酒もきりがなくって---躰に毒だったいくら言っても聞くものですか---小水にまで蟻(あり)がむらがるようになってきていて、躰もがたがた、亭主としての役(えき)もできなくなっていたのに---いつかは、こんなことになると、恐れていたんだ、わたし---」 ということは、寝間でもかまってもらえなかったということか? 忠助どのが言おうとして言わなかったのは、亭主じゃない男(の)と---噂がないわけではないということ?)

左馬さん。帰ろうか」
銕三郎は、河岸を変えて---と思った。
権七も呑みこんだ感じだった。

勘定を受けとったおまさが、釣りをわたしぎわに、背伸びして口を寄せてきたので、銕三郎は腰をかかがめた。
その耳へ、おまさがささやく。

【参考】 [〔盗人酒場〕の忠助] (1) (2) (3) (4) (5) (7)

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