カテゴリー「080おまさ」の記事

2008.05.08

おまさ・少女時代(その3)

字を覚えたいといったおまさ(10歳)のために、銕三郎(てつさぶろう 20歳 のちの鬼平)は、裏庭の納屋へ入り、14年前---6歳の6月6日から手習いを始めたころに使った、安物の今戸焼の硯(すずり)と文鎮、半紙下敷きなどを取り出した。
おまさに与えようとおもった。
与詩は、もっと上品(じょうほん)のを与えられているなあ)
おまさがちょっと可哀相にもおもえた。
だから、擦り口が斜めにちびた墨は、新しいのを購うことにした。

受け取った硯を、おまさは、
「銕お兄(にい)さんのお下がりがいただけて、嬉しい。お兄さんのように上手になります」
素直によろこんで、海から丘にかけてを4本の指で、まるで銕三郎の掌を探っているように、しきりになでまわしたが---。

高杉道場の帰りに、一ッ目・相生町の〔竜雲堂・升屋〕四郎兵衛まで足を伸ばし、おまさの筆初(ふではじ)めの筆と墨、朱を入れる筆、朱墨を求めた。

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(筆・硯・墨の〔升屋〕四郎兵衛 『江戸買物独案内』 1824刊)

品選びをしていると、おまさが実の妹のように、親しく感じられた。

お家流の運筆の銕三郎の手筋は、父・宣雄から受けついでいて、悪くはない。素読が好きでないところは、父に似なかった。

おまさから頼まれたとりあえずの手本は、どこの手習い所でもするように、「いろはにほへと」の7文字としておいた。

〔盗人酒場〕の店内の飯台の一つが、店を開けるまでのおまさの文机となった。
おまさは昼前から、飯台をなんども水拭きして清めていた。

袖に墨がつかないように、おまさは襷(たすき)がけで臨んだ。
銕三郎は、うしろにまわって、背中に胸がつくほどに身を寄せ、筆を持っているおまさの手に竹刀だこで硬くなっている指をそえ、筆運びのコツをじかに教えた。
銕三郎の掌の硬い感触を微妙に感じたおまさの首筋が紅潮している。

「腕から力を抜いて、もっと軽く動かすのです」
そういわれても、おまさは、下腹が熱くなり、肩から腕へかけて緊張しきっている。
初めての習字だからとおもおうとしてみた。緊張は解けなかった。

躰の芯から湧いてきた熱気は、そえられていたお兄(にい)さんの手のせいだとおもいあたったのは、その晩、寝についてからだった。
右の手の甲に、左手をそえてみた。
あげまき結びの髪に、お兄さんの息を感じたことも、ここちよい記憶の一つだった。
それらは、むすめとして成熟していくための特効薬のようにもおもえた。

いろは四十七文字は、7日たらずで書けるようになった。

3日目から、銕三郎は手を添えなくなり、おまさは、うらめしかった。
「もう、コツはつかんだでしょうから、自分でやりなさい。いつまでも甘えていては、上達しませぬ」
上達よりも、おまさは接触していたかった。
 
最初に教えてほしいと頼んだ漢字は、
「鮑(あわび)」

「お父(と)っつぁんの得意料理だから---」
口ではそう言ったものの、こころのうちでおもっていたのは、〔あわびの片おもい〕という俗諺であった。
銕三郎は気がつかないふりをつづける。

つぎに望んだ漢字は、
「鶴(つる)」

父・忠助の綽名(あだな)だと言った。躰つきが鶴のようにひょろりと細くて高いからと、みんなは納得している。
「でも、ほんとうは違うんです。お父っつぁんは、鶴に似て、めつたに口を利きません。でも、歌はとっていい声なんです。だから、鶴と書いて〔たずがね〕と読むんです---鶴(たず)の音(ね)」

忠助からは、入れこむ気質は母親ゆずりだから、自分でほどほどに抑えるようにと、くどいほど言われているし、幕臣の嫡男さまと呑み屋のむすめでは身分が違いすぎるとも言いきかされているから、嫁とか側室とかを考えているのではない。
人柄に触れていればいい---と、自分に言い聞かせている。

おまさが書ける漢字があった。
「酒々井(しすい)」
「酒」は店名の〔盗人酒屋〕からおぼえたという。

「酒々井は、お父っつぁんとおっ母(か)さんの生まれた村なんです。下総(しもうさ 千葉県)の佐倉の城下のすぐ東と聞いてます。まさは行ったことはないのですが---。隣家同士で、おっ母さんは、本郷の紙とか茶葉とかを手びろくあつかっているお店に奉公していて、お父っつぁんとばったり再会して所帯をもったんですって。酒々井には、両方の家の伯父叔母や従兄弟やはとこもいるので、いちど行ってみようとおもっています。とりわけ、おっ母さんの血すじの家に---」

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(赤○=酒々井村 黄=佐倉城下町 明治20年刊)

しゃべってしまってから、
「あたしのおしゃべりは、おっ母さんゆずりだって、いつもお父っつぁんが言うんですよ」
肩をすくめて笑った目の艶っぽさは、一人前のむすめのそれだ---と、銕三郎はおもった。

やがて、銕三郎は、手本をわたすだけで、立ち会わなくなった。
ある晩、銕三郎は、〔盗人酒屋〕のまわり5丁四方の地図を切絵図から写しとった。
それには、おまさがふだん買い物の用足しに行ったり客との会話に出たりする町名はもとより、川や橋、寺院や亀戸天神社なども含まれていた。
おばさんの長屋のある清水裏町も入っている。

わたす時、銕三郎は言った。
「漢字で書かれている町や川などに、覚えたひらがなでふりがなをふりなさい。そうすれば、自然に漢字を覚えるでしょう」
さらに、漢字が偏(へん)と旁(つくり)でできていること、偏は木とかさんずいとか火とか土とか魚であるから、漢字が示しているもののおおよその種類がのみこめること、旁はそのものの意味を暗示しているとおもえばよい、と自習の仕方を教えた。

おまさは、うなづいたものの、銕お兄さんといっしょにいる時間がなくなることをおもうと、泣きだしたかった。
銕三郎に、お目見(めみえ)の予審の日がきていることは、おまさは知らなかったのである。
銕三郎も告げなかった。

【参照】[おまさ・少女時代] (1) (2)
2005年3月3日[テレビ化で生まれたおまさと密偵

参考】 酒々井町Wikipedia

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2008.05.07

おまさ・少女時代(その2)

2組、3組と新しい客がはいってきても、おまさ(10歳)は、注文を板場へ通しては銕三郎(てつさぶろう 20歳 のちの鬼平)の横へ戻ってすわることをやめない。

料理を配膳したおまさに、馴染みの客らしいのがなにか話しかけても、
「いま、手いっぱいなんです」
相手にならないで、銕三郎にぴったりである。

「あら、お酒がこんなに残って、冷えてます。暖かいのに取りかえてきましょう」
「もう、酔っています。お酒は充分です」
「それでは、お料理---今夜は、お豆腐の木の芽田楽があります」
おまさどの。店が混んできています。用事をしてください」
「いいんです。お兄さんのそばにいるのが楽しいんです」

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(清長 おまさのイメージ)
ちゅうすけ注】『鬼平犯科帳』文庫巻4[血闘]に、20余年ぶりに鬼平の前へあらわれた時---、
小肥(こぶと)りな少女だったおまさは、すっきりと〔年増痩(としまや)せしていたのである。p136 新装版p143
---とあるので、ふっくらとした少女の絵を探した。

その時、入江町の鐘楼の鐘が五ッ(午後8時)を報らせた。
店が立て混むわけだ。
もうそんな時間になっていようとは、おもっていなかった。
1刻(2時間)もおまさを独り占めしていたことになる。
(常連客たちに悪いことをした)

表まで送ってきたおまさが、
お兄さん。お願いがあります。手習いのお手本を書いてください」
「承知しました」
「げんまん」
小指と小指がまじわる。

その夜---。
店の灯を落としてから、忠助は、おまさを、銕三郎が使っていた飯台に座らせ、向き合って腰をすえる。
しばらくおまさを見つめてから、
「お美津(みつ)が生きていたら、今夜のおめえの振る舞(め)えを見て、なんと言ったろう---」
それきり、黙ってしまった。
おまさも口を利かない。
悪いことをしたとは、おもっていないのである。

「入れあげるのが、母親似だとしても、相手が悪い」
お兄(にい)さんは、いい方です」
「男としての、いい、わるい、ではない。あの人は、火盗改メのお頭(かしら)の甥ごだ」
「お父(と)っつぁん。それがどうだっていうんです?」

忠助は、また、黙りこんだ。
おまさ が、一気に述べたてる。
お兄さんは、〔樺崎(かばさき)〕の繁三さんおじさんや七五三吉(しめきち)兄(あに)さん、おみねちゃんとこの亡くなったお父(と)っつぁんの〔助戸(すけど)〕の葉造(ようぞう)おじさんが、盗人の一味だということもちゃんと知っていらっしゃいます。きょう、出会った〔法楽寺(ほうらくじ)〕のお頭(かしら)や、〔名草(なぐさ)〕の嘉平(かへい)爺(じい)さんの素性もお察しになっているでしょう。おおばさんの前身だって、推察なさっていましょう。

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(足利近辺の〔法楽寺〕一味の出身地 )

だけど、お父っつぁんに義理立てして、火盗改メには黙っていらっしゃるのです。お父っつぁんには、あの方の度量の大きさが分かってないのです」

おまさ。いいきれるんだな?」
「はい。お父っつぁんも、目と胸を、もっと、しっかりひらいて、あの方を見てごらんなさい」

「おめえ、お美津が生き返ったようなむすめに、なってきた」
「おっ母さんの子ですもの。おっ母さんからは、いい言葉遣(づか)いを教わりました。5つでしたけど、しっかりと覚えています。これからは、お兄さんに、字を教わります。約束したんです。字も読み書きできないんでは、江戸では生きていけません」

手習い所へ通っているという、銕三郎の義妹の与詩(よし 8歳)への競争心もあった。

参照】[おまさ・少女時代] (1) (3)
2007年7月19日[女密偵おまさの手紙
2007年3月10日[男はもうこりごり、とおまさ

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2008.05.06

おまさ・少女時代

いちばん奥の左隅の飯台に、ちろりとあわびの大洗(だいせん)煮を運び盆に載せてきたおまさ(10歳)は、銕三郎(てつさぶろう 20歳)の横にぴたりとすわり、箸をそろえたり酌をしたりと、甲斐々々しく世話をやく。
(てつ)お兄(にい)さんとお呼びしていいですか?」
つぁんのほうが、拙らしい」
「そんな、もったいなくて」

「あわびの大洗煮、お口に合いますか?」
「大豆にも味がしみていて、おいしいです」
「よかった。このあいだの---おみねちゃんのお父(と)っつぁんが亡くなった宵(よい)、半分お残しになっていたでしょう?」
「あのごたごたで---食べそこなったのです」
「よかった---お嫌いかと思ってしまって---。お父っつぁんの、自慢料理の一つなんです。ほんとうは、おっ母(か)さんがお父っつぁんに教えたんですが---」

参照】 [〔盗人酒場〕の忠助] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)

「お母上はお亡くなりになったんだってね」
「はい。あたしが五つのときに」
おみねどのの齢ごろだったんですね」
「はい。おみねちゃん、可愛いでしょ?」
「拙の義妹(いもうと)の与詩(よし)が、ちょうど、おみねどのの齢のときに、養女にきたんです」
「義妹(いもうと)さんがいらっしゃるのですね?」
「この子を受け取りに、駿府へ行った帰りに、さつた峠をくだったところの倉沢村で、海女のあわび採りを見たのですよ」
「この前、そうおっしゃってました」

参照】2008年1月12日[与詩を迎えに] (23)

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(北斎 海女たち)

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(歌麿 海女たち)

2人づれの客が入ってきた。
おまさは、すっと立っていって注文を板場の父へ通すと、すぐにまた、銕三郎にぴったり寄り添って、話のつづきをうながす。

「このお店は永いのですか?」
「あたしが三つの時ですから、かれこれ、7年になります。それより、与詩ちゃんのお話をつづけてください」
「あは、はは---当人が聞いたら怒るでしょうが、6歳(=当時)にもなっていたのに、お寝しょうぐせがなおらなかったのです」
「まあ---」
相づちの打ち方も、一丁前の女なみである。

板場から、忠助が呼ぶ。
「はい」
と返事して、できあがった酒と料理を客の飯台へ置くと、さっさと銕三郎の横へつく。

与詩ちゃん、いま幾つですか? お寝しょぐせはなおりましたか?」
「8歳です。手習い所へ通っています。お寝しょうのほうは直りました」
「よかった。訊いていいですか? 与詩ちゃんは、お兄さんのお嫁さんになる人ですか?」
「とんでもない。嫁に出す娘(こ)です。武家の家では、そうやって縁をひろげていくのです」
「よかった」

手習い所と言った時、おまさの瞳がちらっと曇ったのを、銕三郎は見逃していない。

ちゅうすけのひとり言】
おまさは、いつ、どうやって字をおぼえたろう? 手習(てなら)い所に通ったふしはない。
鬼平犯科帳』全篇で、おまさは2度、手紙を書く。
最初は、文庫巻4[血闘]で初登場し、下谷・坂本裏町の一間きりの与助(よすけ)長屋に独り住まいをしていてさらわれた時。

〔しぷ江村、西こう寺うらのぱけものやしき〕 p143 新装版p149

かなが主体だが、漢字もまじっている。
池波さんの気持ちとしては、ひらがなとこの程度の漢字なら、見よう見まねで覚えられるということであったろうか。

参照】2007年7月19日[女密偵おまさの手紙

いや、いつも気になっているのは、盗賊たちの識字率である。
連絡(つなぎ)は、口づたえでいいとして、文章で伝えなければならないこともあろう。双方の識字率が高くないと、どちらかが書けても伝わらない。
盗賊になるぐらいだから貧農の子が多かったろうと推察しては、いけないかも知れないが---。
まあ、首領になるほどの男なら、字をおぼえる訓練に耐えたろうか。

もう一度は、文庫巻22[炎の色]で、

おまさが〔笹や〕へ入って行き、
「お熊さん、たのみますよ」
いうや、お熊婆は万事心得て、奥の方を顎(あご)でしゃくった。
おまさは奥へ入り、簡単(かんたん)な手紙をしたためる。
やがて奥へ来たお熊は、その手紙を持ち、弥勒寺へおもむく。 p61 p60

届け先はいうまでもなく、役宅の鬼平
おまさは、天明8年(1788)に登場以来7年目のはずだが、その間に文字を習った気配はないから、この手紙の文章がどんなふうだったかは、おおよそ推測がつく。

ついでに書き添える。おまさがいつも背負って市中を巡回している箱に張りつけられている紙の文字〔まき紙・おしろい・元結(もとゆい)・せんこう〕([血闘]p139 新装版p146)の字は、誰が書いてやったのであろう。

参照】 [おまさ・少女時代] (2) (3) 
[おまさの年譜
[おまさが事件の発端

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2007.07.19

女密偵おまさの手紙

【つぶやき】
〔荒神(こうじん)〕の助太郎銕三郎(てつさぶろう のちの平蔵宣以)を、東海道の三島宿でからませた。

文庫巻24、未完の[誘拐]の顛末をも、自分なりに空想してみたかったためである。
文庫巻23[炎の色]のヒロインの一人---〔荒神(こうじん)〕のお夏、[誘拐]にはまだ姿を見せていないが、おまさは、彼女の出現を予感している。
 ---〔荒神〕のお夏←Who' s Who
25歳でレスビアンのおが、10歳以上も歳上のおまさに魅力をかんじていること、[炎の色]では愛し合えなかった不満を遂げたいとおもっていることを、おまさは承知しているからである。

おまさも、おに触れられて、これまでにない性的刺激を受けている。
この2人の関係の顛末は、鬼平ファンならずとも、興味をそそられる。想像をたくましくしてみたくなる。

 ---密偵おまさのWho' s Who
     ↓
   [女密偵おまさ] (2005年3月3日)
   [女密偵おまさの年譜]
(2006年1月1日) 
   [密偵おまさが事件の発端] (2005年3月3日?)
   [テレビ化で生まれておまさと密偵](2005年3月3日?)
   
さて、[炎の色]。湯島天神の境内で〔峰山(みねやま)〕初蔵お頭に声をかけられたことから、おまさと〔荒神〕のおとの縁(えにし)が始まるのだが、そのことはおいて、おばあさんの〔笹や〕に寄宿しているといってしまったため、転がり込むおまさ。

おまさが〔笹や〕へ入って行き、
「お熊さん。たのみますよ」
いうや、お熊は万事心得て、奥の方へ顎をしゃくった。

このあたりの、2人の阿吽(あうん)の呼吸には、老獪な〔峰山〕の初蔵もみごとに騙されれるのだが、それも、いまはどうでもいい。

おまさは、奥へ入り簡単な手紙をしたためる。

したためたのはことの経緯で、その手紙で鬼平へ知らせる。
手紙を役宅へ運んだのは、〔笹や〕の真ん前の弥勒寺の小僧である。

おまさは、少女時代から、すでに母親がいない。父親〔鶴(たずがね)〕忠助の店を手伝っていたので、手習い所へ通いそこねた。
口は達者でも、字はひらがなしか書けない。

おまさは、文庫巻12[密偵たちの宴]の終末で、みごとな啖呵(たんか)をきって、 〔大滝(おおたき)〕五郎蔵ほかのレギュラー密偵たちを辟易(へきえき)させる。

しかし、手紙といえば、巻4、おまさ初登場の[血闘]では、独り住まいをしていた下谷の坂本裏町の与助長屋の畳の下に、

(しぶ江村、西こう寺うらのばけものやしき)

と書き残したぐらいか。

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(おまさのが独り住まいしていた日光街道ぞい、坂本裏町)

幾人もの大物のお頭に信用されて、その盗(おつと)めのための引き込みをやっていても、連絡(つなぎ)は、手紙でなく、口頭だったのだろうと類推する。

ところが、[炎の色]では、鬼平あての手紙を書いている。
手紙の文面は示されない。
池波さんも、ついうっかりして、おまさに手紙を書かしてしまったのであろう。

だから、巻24[誘拐]でも、誘拐されたおまさからの連絡(つなぎ)の文は、あまり期待しないほうがいいかも。

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2005.03.03

テレビ化で生まれておまさと密偵

[12-4 密偵たちの宴]という痛快篇。

密偵レギュラー陣の〔大滝〕の五郎蔵(50代)、〔小房〕の粂八(41)、伊三次(36)、彦十(62)、〔舟形〕の宗平(70代)、紅一点----おまさ(37)が酒盛りをする。
(参照:〔大滝〕の五郎蔵の項)
(参照:〔小房〕の粂八の項)
(参照:伊三次の項 )
(参照: 〔舟形〕の宗平の項)

Photo_207いずれも元正統派ということになっているだけに、当節の盗人たちの畜生ばたきをののしり、酔うほどに奴らに模範演技を示してやろう、となる。

物語の経緯と結末は小説にまかせるとして、鬼平における密偵の存在は、史実にものこっている。

政敵の森山源五郎孝盛などは、長谷川平蔵の密偵使いを鬼の首でもとったみたいに非難する。

この仁は死の床にあった平蔵に代わり臨時の火盗改メに任じられ、前官冷遇(?)を地でいった。

家禄は平蔵と大差のない中の下あたりだが、冷泉家の門人で短歌を詠んだから、和歌好きの老中首座:松平越中守定信に気に入られた。いまならさしあたり大学の弁論部の先輩後輩で閣僚入り----いや、芸は身を助けるのほうがあたっている。

森源の平蔵批判はこうだ。平蔵はたしかに泥棒をつかまえる天才だが、公儀が禁止している密偵をしこたま働かせてのこと。泥棒が発生しないようにするのが肝心で、それには聖人の道を講義したらいいと。

いやはや、孔子や孟子をきかせて泥棒を減らそうというのは、泥棒を見てから縄をなうはなしよりも迂遠だ。

密偵をつかった盗人逮捕がいけないのは、公儀が禁止しているからの一点ばり。密偵にもよい密偵とけしからぬ密偵がいるはず。幕府が禁じたのは、町奉行所や火盗改メの権威をカサに悪をはたらく岡っ引きのはずだ。

ひきかえ、『鬼平犯科帳』のおまさや伊三次は颯爽としているし、畜生ばたらきを心から憎んでもいる。

ところで[密偵たちの宴]に出席の密偵レギュラーは、彦十と粂八をのぞくと、おまさ以後に登場した面々。つまりはテレビ向きの善玉密偵。

先代・松本幸四郎丈(のち白鸚)を平蔵役としてテレビ化が決まったとき、圧倒的な女性視聴者を考慮した制作側が池波さんへ熱望したのが、画面にいつも顔を出しているヒロインだった。

主婦のパートづとめがはじまっていた時期だった。キャリアウーマン(?)で、平蔵に淡い恋ごころを抱いているおまさを、池波さんは創造した。
初代は富士真奈美さん、中村吉右衛門丈=鬼平では梶芽衣子さんが演じた。「おまさ以後」とはこのこと。

妻君には感謝はしているがときに鼻にもつくこともある中年男性とすれば、恋ごころにも似た好感をずっと持ってくれている女性が社内にいると思うだけで、出勤する意欲も出るというもの。

かつて俳優:長塚京三さんがサントリーのウイスキーのCMで、女性の部下から慕われる管理職役を演じたが、その幾篇かは『犯科帳』の鬼平&おまさからアイデアを借りたフシがある。現実にみのらせると始末に困る、中間管理職の希望的幻想にすぎないのだが。

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女密偵おまさの年譜

おまさの記事に付加されるべき年賦を掲げます。
(参照: 女密偵おまさの項)
(罫を入れてないのでスペースがうまくそろうか心配)。

密偵おまさの年譜


宝暦8年
(1758) 1歳 父親:〔鶴〕の忠助。佐倉出身。母親は不明。
忠助の〔盗人酒屋〕は〔法楽寺〕の直右衛門
       の盗人宿

明和4年
(1761)10歳 銕三郎(23歳)にひそかに恋ごころを抱く
[4-4  血闘]p137 新p145

安永3年
(1774)16歳 父親死去。〔法楽寺〕の下に。
       平蔵は父について京都にいた。
[4-4  血闘]p139 新p142

安永5年
(1776)18歳 〔乙畑〕の源八配下に。
〔荒神〕の助太郎に可愛がられる。
この時〔夜鴉〕の仙次郎がレイプ。
       [2-3 炎の色]p88 新p87

安永9年
(1780)22歳 〔狐火〕の妾の子:又太郎(21歳)
       を初めて男にしてやる。
       そのため〔狐火〕一家を追放。
       [6-4 狐火]p118 新p125

天明元年
(1781)23歳 女児分娩。父親の里の佐倉へ預ける
      〔野見〕の勝平の引きこみ。
       [4-4  血闘]

天明2年
(1782)24歳 〔墨つぼ〕の孫八のために江戸で
       引ききこみをつとめる
       [13-4  墨つぼの孫八]

天明3年
(1783)25歳 女児の父親が死去
[4-4  血闘]

天明5年
(1785)27歳 ながれ盗め。
      〔櫛山〕の武兵衛を手伝う。
      [8-3 明神の次郎吉]p107 新p113

〔熊倉〕の惣十の引き込み。
      このとき〔吉間〕の仁三郎と出会う。
      [4-4  血闘]p149 新p156

       〔峰山〕の初蔵のために二度ほど
      (小田原城下と越後)助ける。
[23-1  夜鷹の声]p58 新p54
〔苅野〕の九平を二度ほど助けた。
[16-2  網虫のお吉]p62 新p65


天明8年
(1788)30歳 平蔵のもとへ現れて密偵となる。
〔乙畑〕の源八の配下だった
[4-4  血闘]
12月 おまさの指しで〔乙畑〕一味捕縛
[5-3  女賊]


寛政元年
(1789)31歳 全勝寺の門前で幼友だちで
〔法楽寺〕一味のおみねと出会い
逮捕につなげる。
       [4-6 おみね徳次郎]p214 新p225

〔瀬音〕の小兵衛を助け〔猿塚〕のお千代
一味を逮捕のきっかけをつくる。
       [5-3 女賊]
小兵衛はおまさがまだ〔乙畑〕の源八の
配下と思いこんでいる。


寛政3年
(1791)33歳 下総・佐倉の在にいた叔母が病死。
       帰路、松戸の遠縁の家に一泊。
       [6-4  狐火]p111 新p118
軍鶏鍋屋〔五鉄〕二階奥の部屋に寝泊り。
[6-4  狐火]p116 新p123
二代目〔狐火〕の勇五郎と再会、結婚。
[6-4  狐火]p112 新p119


寛政4年
(1792)34歳 二代目勇五郎が病死。再び密偵に。
       [6-4  狐火]

寛政6年
(1794)36歳 〔大滝〕の五郎蔵と結ばれる。
       [9-2  鯉肝のお里]

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密偵おまさが事件の発端

◎おまさが見たのが事件の発端

[4-6 おみね徳次郎] 〔法楽寺(ほうらくじ)〕の直右衛門
               p208 新装p218おみね(みね
[5-3 女賊]     〔瀬音(せのと)〕の小兵衛
               p85 新装p89
[4-4 血闘]     〔吉間(よしま)〕の仁三郎
               p149 新装p156
[6-4 狐火]     〔瀬戸川(せとがわ)〕の源七
          p114 新装p121 勇五郎(ゆうごろう
[8-3 明神の次郎吉] 〔櫛山(くしやま)〕の武兵衛
               p93 新装p98
[9-2 鯉肝のお里]  〔白根(しらね)〕の三右衛門
               p50 新装p52
[10-1犬神の権三]  〔犬神(いぬがみ)〕の権三郎
               p28 新装p29 おしげ
[13-4墨つぼの孫八] 〔墨つぼ(すみつぼ)〕の孫八
               p147 新装p153
[14-2尻毛の長右衛門 〔尻毛(しりげ〕の長右衛門
               p60 新装p62 おすみ(すみ
[19-6引き込み女]  〔駒止(こまどめ)〕の喜太郎
               p267 新装p277 お元
[23 炎の色]    〔峰山(みねやま)〕の初蔵
               p55 新装p53
[24 女密偵女賊]  〔鳥浜(とりはま)〕の岩吉
               p16 新装p15 お糸(いと
[24 誘拐]      相川(あいかわ)虎次郎
          p147 新装p139


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